インタビュー

iLL 『Force』 キューン



  恐らく、これまで彼が手掛けてきた作品のなかで、音楽的な情報量はもっとも多いアルバムだろう。それでいて、もっともわかりやすい――より多くのリスナーに対して間口が大きく開かれている一枚でもあるだろう。ゴリゴリに歪んだギターがダイナミックにドライヴする“R.O.C.K.”、スウィートなメロディーとアンニュイな歌声で聴き手の胸をとろかす“Kiss”、砂原良徳と久方ぶりにタッグを組んだロマンティックなテクノ・ポップ“Deadly Lovely”と、今年に入ってリリースした3枚の先行シングルにおいて、作品ごとに異なる〈ポップ・ミュージックのあり方〉を提示してきた中村弘二ことiLL。その果てに完成させたニュー・アルバムは、それらの総括……どころか、電子音楽へのエクスペリメンタルなアプローチを前面に押し出した1作目『Sound by iLL』、アシッド~フリー・フォークの匂い漂うサイケデリック・ワールドを現出させた2作目『Dead Wonderland』、オルタナティヴなギター・ロックへと回帰した前作『ROCK ALBUM』という3枚のアルバムすらもまんべんなく内包した仕上がりだ。マッドチェスター直系のダンサブルなビートでじりじりと昂揚感を煽る冒頭のデジタル・ダンス・ロック“Tight”から清冽なピアノの響きが穏やかに終末へと導くシークレット・トラック “Piano”まで、その音楽性は多岐に渡りながら〈ポップである〉というただ1点のみで1つの作品としての説得力を持たせてしまう手腕はさすが。また、静と動、光と影の双方を体現しながらも、そのいずれもが纏っている退廃的なムードは、バランス感覚の優れた彼の個性あってのものだろう。

ネクスト・ステップへの一区切りとして、自身のフィルターを通した80年代~2000年代をシームレスに繋げてみせたiLL。こんなにフレッシュで美しいエレクトロニック・ミュージック/ロックンロールには、久しぶりに出会った気がする。

カテゴリ : .com FLASH!

掲載: 2009年08月26日 18:00

更新: 2009年08月26日 18:00

文/土田 真弓

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