中村 中 『少年少女』
時代と深く繋がることで生まれた、切実なまでのリアル——シンガー・ソングライターとして大きな飛躍をみせる新作『少年少女』
シンガー・ソングライター、中村 中のニュー・アルバム『少年少女』は、1曲目の“家出少女”、(アルバムのちょうど真ん中にあたる)6曲目の“人間失格”、最後の“不良少年”を軸にした、極めて物語性の高い作品となった。都会に憧れる少女、世間の目に晒され自分を見失いかけている少年、彼らを取り巻くさまざまな事情を抱えた大人たち。このアルバムから立ち上がってくる群像劇の中心にあるのは、残酷にして切実、そして、どこまでも純粋な〈青春〉という季節だ。
「『少年少女』の特設サイトを立ち上げているんですけど、リスナーのみなさんの感想のなかに〈どうしていまさら『少年少女』なんだ?〉という内容のものがあったんですね。たしかにファースト・アルバムでも十代をテーマにしていましたし、なるほど、と思って自分でも考えてみたんです。そこで辿り着いた答えは、〈少年少女〉は人生のなかで、何度も繰り返すということだったんですよね。青春時代のキラメキが急に戻ってきたり、初恋のときの悔しい気持ちにまた出会ってしまったり。そういうことは誰にでもあるんじゃないかなって」。
ここで強調しておきたいのは、このアルバムは「あの頃は良かったね、切なかったね」と懐かしがっている作品ではなく、2010年の日本の社会と深く繋がることによって、切実なリアリティーを獲得しているということだ。そこにはもちろん、中村 中のソングライティングの広がりも大きく関与している。
「私が実際に見たこと、経験してきたこともずいぶん作品にしてきましたけれど、いま実際に起こっていることのほうがずっとドラマティックだし、恐ろしいと思うんですね。“家出少女”にある〈何時に帰るかなんてわからない/街では何が起こるかわからない〉という歌詞に、私はこのアルバムのすべてを包み込めたと思ってるし、そこがいちばん切実に感じられるのは、まさにいまじゃないかなって。例えば、感情をぶつけられる場所ががなくて人を刺してしまった、という人がいるとしますよね。その気持ちがわからないっていう人はいないと思うんです。少なくとも私は、絶対にそんなことはしないとは言えない。そういう意味で、このアルバムの何曲かは実際に街にいる少年少女に反応して書いたのかもしれないですね」。
70~80年代の歌謡曲やニューミュージックを想起させるメロディーライン、そして、その生々しいヴォーカルの魅力をしっかりと引き出すバンド・サウンド(根岸孝旨と中村自身による共同アレンジ)も高品質。
「アルバムを聴き返したとき、歌謡曲のエッセンスがちゃんと残ってることに安心しました。なかにはメロディーがない曲もあるんですが(ポエトリー・リーディングを採り入れた“独白”)、どんなにメッセージを込めたとしても、歌を口ずさめたり、覚えてもらえないとしょうがないなって思うので。アレンジャーに関しては、ピアノで全体を構成する人じゃないほうがいい、っていうお願いをしたんです。私の歌って実は非常に不安定で、決して音程が崩れない楽器と合わせると、違和感が出てきてしまうことがあって。だから演奏する人の力加減で音程が変わってしまう、ギターを中心にしたほうが聴きやすいんじゃないかな、と。青春と同じように、何度も繰り返せるアルバムにしたかったんですよね」。
デビュー当時を「歌そのものよりも、私がどう育ったか、身体がどんな形をしているかということが大きく取り沙汰されてしまった」と振り返る中村 中。『少年少女』によって、彼女はおそらく初めて、普遍的な才能を持ったシンガー・ソングライターとして評価されることになるだろう。
「このアルバムでやっと土台が出来た気がします。次はもっと楽しめるものを作ってみたいですね」。
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年10月04日 18:00
更新: 2010年10月04日 20:21
ソース: bounce 325号 (2010年9月25日発行)
インタヴュー・文/森 朋之