インタビュー

ヒラリー・ハーン&ハウシュカ

Hauschka/Hilary Hahn ©Mareike Foecking

世界的ヴァイオリニストとプリペアードピアノ奏者の共演

――そもそもプリペアードピアノとヴァイオリンという組み合わせは、ずいぶん異色ですよね。

ヒラリー・ハーン 少なくとも私にとってはね。トム・ブロッソーのアルバム『Grand Forks』に参加したのがきっかけで、最初はトムが「ハウシュカにぜひ会うべきだ」と勧めてくれたのよ。

ハウシュカ トムとはファットキャットのレーベルメイトだけど、一緒にムームの前座をやった時に「ヒラリーと会うべきだよ」って言われたんだ。

ヒラリー もともと、私はストリートで演奏するのが好きなの。何が起こるか予想がつかないし、日によって反応も違う。つまり、方程式がないところで演奏する面白さね。『シルフラ』は、「新しい聴衆」を開拓するという目標が無かったのが良かったんだと思う。「新しい聴衆」って抽象的よね。一体誰のことなのか、誰をターゲットにするかなんて、全くわからないわ。まず、ハウシュカと一緒に音楽をやりたいと思ってコラボが実現し、その結果、聴衆がついた。その聴衆がどういう人たちなのか、これから考えるべきことだと思うの。

――いくつかの曲では、ミニマル的な語法が顕著に現れていますね。これは偶然なんですか?

ハウシュカ 偶然とも言えるけど、過去の経験まで遡って説明することもできる。僕たちふたりの音楽がひとつにカテゴライズできないのは、その音楽に過去が全て凝縮されているからだと思う。例えば《クロックワインダー》という曲では、どちらが先に始めるのかわからない状態で互いのアイデアに反応し、それをフォローしながら繰り返していくと、自然とミニマルになっていったんだ。

ヒラリー アダムズやグラスの協奏曲はまだ弾いたことがないけど、聴くのは好きだし、彼らより前の世代にもミニマルの要素はあると思うわ。プロコフィエフの《ヴァイオリン協奏曲第1番》はよく演奏するけれど、ミニマルが顕著に現れていると思うし、ストラヴィンスキーにも古典派の音楽にも、ミニマルの要素はあると思う。音楽の組み立て方が現代と違うから、そう思われないだけで、要素としては既に存在していたと思うの。

ハウシュカ ミニマルな音楽を聴いていると、心と身体が別々のものになっていくゾーンに、催眠術のようにハマっていくんだ。しかも、ダンスミュージックのようにハイにならずに、ゆっくり繰り返すことでトランス状態になれるのが凄い。同じ繰り返しでも、少しずつ違うし、コンテクストが違う。蓄積があるということは、それを聴く体験自体も違ってくるんだ。昨日、ヒラリーと表参道コーヒーというカフェに行ったんだ。男性が1人とコーヒーマシンが1台、ふたつのベンチがあるだけの小さな店なんだけど、毎回違う体験が楽しめるんだ。ミニマルとの共通点を感じるね。

ヒラリー  おすすめよ。目が覚めるわ(笑)。

――今回、ビヨークとのコラボで知られるアイルランド人のヴァルゲイル・シグルズソンが、プロデュースとエンジニアを担当していますね。

ヒラリー ニコ・ミューリーとアイスランド・ツアーをしていた時、ニコが紹介してくれたの。それで彼のスタジオを見せてもらったんだけど、『シルフラ』の録音にぴったりだと思ったわ。いろいろな楽器があって、集中できるし、創作欲を高めてくれる素晴らしい環境だと思ったの。

ハウシュカ 彼には「こうでなくてはいけない」というドグマがないんだ。何よりも僕たちの音楽をよく分かっているし、触ってはいけない音はどこか、静寂、空間、全部を理解しているのが彼の良いところだと思う。音楽を分かっていないポップスエンジニアの場合だと、音が鳴っていない空間をすぐにドラムで埋めたりしようとするよね?

ヒラリー そういうストラクチャーみたいなことは、正直なくしてもらいたいわ。

――『シルフラ』はジャケットにも拘ってますね。

ヒラリー ハウシュカの友人イケル・スポツィオにデザインを担当してもらったの。いつも私のCDジャケットは写真だったから、すごく嬉しいわ。ヴィジュアルアーティストの参加は、私たちのコラボを象徴する上で、すごく意義があることなの。

ハウシュカ CDのブックレットは、コーティング紙じゃなければ、もっとよかったんだけどね。LPの紙質のほうが正しいんだ。日本はアートワークに手間暇をかけて、それが高いレベルで表現されてるよね。レコード店に行くと、すごくそれを感じる。リスナーがこれからどういう芸術を経験したいのか、実際に自分で手にとって選べるから、そこまで拘るんだと思う。僕はLP無しでは、自分のアルバムをリリースしたくないよ。

――じゃあ、ヒラリーさんは、次の協奏曲の録音をLPで出したりすることは、ないんですか?

ヒラリー もう何年も前から「LPでも出して欲しい」って言い続けてるのよ! ぜひ記事に書いて! 本当にLPを出したいの。だってそれが、私たちの培ってきた伝統っていうものでしょう?

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年07月17日 15:38

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文 前島秀国(ヴィジュアル&サウンド・ライター)