インタビュー

菊地雅章

撮影:山路ゆか/写真提供:ブルーノート東京

“DEVELOPMENT OF A SUPREME MOMENT”
ピアニスト菊地雅章が手にした至福の時

2012年6月、久しぶりに日本での公演を果たした菊地雅章、新しいトリオによる二日間にわたるブルーノート東京公演は、まったく新しい即興演奏によるアプローチで聴衆を圧倒した。

「ベースのトーマス・モーガンと最初にあった。ポール(モチアン)の紹介で、いっしょにやったことはないんだけれど、凄いベースがいるみたいよって教えてくれた。それで聴きにいって良かったから(リハーサルに)来てもらって、どのくらい弾けるかチェックした。最初の日はダメで、2回目もダメで、もしつぎもダメだったらもう諦めようと思った。そしたら突然吹っ切れた感じで弾き始めて、凄いんだ。あんなベースいないよ。耳はすごくいいし熱くならない。必ずどっかで見据えている。トーマスの後、何人か試した。アルトとか試してそれでいつだったか、ギターのタッド・ニューフェルドが来た。個性が凄いじゃない、彼は。タッドが来てこの3人でやった最初の13分のセッションは凄かったよ。それをオレ、ポールに送ったのよ。そしたらポールから電話がかかってきて、『凄いから(ヴィレッジ)ヴァンガードへすぐ電話して仕事もらえ』って言うのよ。彼も電話しとくからってさ。『そのかわりドラムは俺が叩くぞ』って言うんだよね。だけどこれはポール・モチアン・カルテットじゃないからオレ嫌だって言ったんだ。そしたらさすがにシラケタけどね(笑)。だけど彼とはお互い言いたいことがいえるわけ。もう死んじゃったけどさ。それから一年かけてセッションをレコーディングし続けてCD一枚分にまとめた。その後も随分レコーディングしたよ。それから今年の3月中旬かな、トーマスがレコーディングしないかって来たんだ。もちろんやったんだけど、それがまた素晴らしいわけ。最初のはフレッシュでその新鮮さが凄いけど、その後のは音楽的な幅が広くなったね、凄みがでできたというか。

今回のブルーノート東京は、最初はゲイリー・ピーコックとアンドリュー・シリルとやるつもりだったんだけど、ゲイリーの都合が悪くてね。それだったらオレのトリオ(通称TPT)の状態がとてもいいからこのトリオで来日した。次はこのトリオにアンドリュー入れたいね。サックスはティム・バーンで考えてる。いろいろチェックしたよ、クリス・スピードとか。だけどティムが一番可能性あるかもしれないな。このトリオを始める頃、オレさ、もともと腱鞘炎がひどいじゃない。だからピアノはやばいかなとかいろいろ考えてたんだ。そんな時トーマスとタッドと会って、別なことが聴こえそうな気がしたからクロスハンド(両手を重ねるようにして演奏する方法)っていうのをやってみようと思ったわけ。すごく音程の広いコードを弾きたいからそれまでは指を無理して広げてたんだ。常に10thとか11thとか広げて弾いてたからね。使い物にならないくらい左手の筋をやっちゃってたんだ。彼らと始めた時からクロスハンドを主眼としてやってきたんだけど、今はもうフレーズなんて必要ないよ。弾いているときは、普通コードが見えてたりコードが聴こえたりするわけじゃない、そん時のさ。それが、クロスハンドだと指がひとりでいくようになるわけで、意識してやんない。音楽を聴きながら進んでいく。面白い音が出てきたとこから進めばよいわけだから。

最近は考えなくても自分が弾きたいもの聴きたいことがそこに出てくる。すごく楽だね。だけどだんだん回を重ねるごとにひとつの定型みたいなのがでてくるから、それがパターン化しないように、それをどう壊すかっていうのが、今度オレの課題になるわけ、オレがリーダーだから。連中にはオレが壊しているってのがちゃんと聴こえていて、他の音を聴こうとする。要するにオレのやりたいことをどう知らせようかということなんだ。考えてみるとすごくロジックだね、お互いの音の交換のしかたが。演奏始めるといろんな逡巡があるんだけど、みんなの視点が照準があって同じところに行ったときにハプニングする。10分くらいやって1分くらいしかよいところがなくても、それが凄くよければいいとオレは思うんだよ。全部を完全に創ろうなんて思っていない、新しい何かが出てきてそれがオレの意図にぴしっとあったとき、それが至福の瞬間だよ。そういう感覚でオレは今すべての音楽をすすめているわけ、特にこのトリオはね。オレが他のミュージシャンと違うのは、そういうことがオレには見える、ということなんじゃないかな。技術的な面だったりノリッジ(知識)の面でそれほどオレが優れてるとは思わないんだけど、(音楽の)可能性をオレは信じているからね。それが他のミュージシャンと一線を画しているとこじゃないかな。

人生で一回でも二回でも凄い音楽のダイナミズムを表出できれば至福、それでいいと思う。リスクっていうんじゃなくてチャレンジだね。目的に向かってどうチャレンジするかがオレは楽しいし、それが実った時ってのは、絶対音楽にパワーがあると思うのよ」

2012年6月26日、新宿京王プラザホテルにて

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年09月11日 14:20

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材/文責 高見一樹