RASMUS FABER 『We Laugh We Dance We Cry』
メロディックなハウス景気に乗って浮上し、ルーツに根差すアニソンとジャズの融合で支持を広げた北欧の貴公子が、喜びと哀しみの渦巻くダンスフロアに還ってきた!
ソングライターとしての自己
冒頭を飾る“Good Times Come Back(RF's Ageha Arena Mix)”がこのアルバムのモードを雄弁に物語っていると言えるだろう——エピック(壮大)でメランコリック。センチメンタルでトランシー。そして、エモーショナルでドラマティック。
2000年代中期に〈乙女ハウス(日本でその当時流行ったメロディック・ハウスの愛称)〉のブームを牽引していたスウェーデン出身のプロデューサー、ラスマス・フェイバーが、その神秘的で可憐なムードから、より成熟した美しさとスケール感をサウンドに纏わせ、聴き手を喜怒哀楽の渦巻く天空へと誘う感動的なセカンド・アルバム『We Laugh We Dance We Cry』を作り上げてきた。この飛躍的な進化の要因を本人は次のように分析している。
「キーになった要素は、第一に楽曲だったね。DJとしての自分を表現できるようなサウンドをめざして作ってはいたんだけど、僕がソングライターであることは変えられない事実だし、だからこそ今回は全曲で作曲することからスタートしていったんだ。で、その後に曲に合うサウンドは何なのか?というプロセスに移ったんだよ」。
初のオリジナル・アルバム『Where We Belong』をリリースして以降、ここ数年のラスマスの活動は非常に多岐に渡っている。2009年にはジャズ・プレイヤー/アレンジャーだったキャリアとアニメ音楽を融合させた〈Platina Jazz〉シリーズをスタート。さらに同年よりバンドを引き連れた生音によるライヴ活動も開始。翌2010年には編集盤『So Far 3』や同郷のシンガーであるフリーダのプロデュースを手掛けるなど、より歌心を大事にした作品を発表。さらに2011年になるとよりトランシーな魅力を増したミックスCD『Love:Mixed 2』もリリースしている。ダンス・トラック以外の視点から作曲家としての側面を見つめ、サウンド面ではトランシーな傾向を強めているシーンの影響を反映させる——つまり『We Laugh We Dance We Cry』はここ数年間のラスマスの総決算でもあり、新しいスタートを切ったアルバムと言えるのだ。その象徴的な曲がコールドプレイを彷彿とさせる多幸感に満ちたタイトル・トラックや“We Go Oh”だろう。
「今回で、より深く自分の音楽性を掘り下げることができたんだけど、なかでもダンス・ミュージックはいろいろな要素を入れる〈入れ物〉だと思ったんだ。僕が作りはじめた頃のダンス・ミュージックって、ラテンやソウル、ジャズの要素が似合う入れ物だったんだよね。それがだんだんと他の要素を入れることができるようになってきた。例えば“We Go Oh”“We Laugh We Dance We Cry”で歌ってくれているライナス(・ノーダ)とは昔ロック・バンドをやっていて、僕自身ロックやポップスはずっと好きだったんだけど、ダンス・ミュージックには入れられないと思っていたんだ。それが今回試してみたら、凄く自然に自分の音楽とマッチしたんだよね」。
スキルアップによってさまざまな音楽要素をダンス・ミュージックに落とし込むことができるようになったラスマスの楽曲を、さらに引き上げる結果となったのが、ここ数年トランシーになっていたダンス・シーン、さらに言えばEDMの影響だ。
「もはやクラブ・ミュージックとポップ・ミュージックを区別することは出来なくなってる。僕はこれは凄く良いことだと思っていて、クラブ・ミュージックを作っているアーティストも、歌心がある曲を書かなければいけない時代になった。EDMが大きくなる前のクラブ・ミュージックにはそれが欠けていたとも思うんだ。だからシーンにはとても良いことだと思うし、いろいろなジャンルの人たちを結びつける。それは僕の音楽性の幅を広げられる良い機会だと思うんだ」。
幸せと悲しみを抱いて踊れ
そうした言葉を裏付けるように、アルバムには各国からさまざまなアーティストが参加している。ベン・ウェストビーチとの共作“Don't Come Any Closer”にはUKファンキーの影響も窺えるし、ポリーナ・グリフィス(“SOS”の大ヒットで知られるロシアのシンガー)との“The Sound Of You”は昨今のEDMに対するラスマスからの回答とも言える。そして注目すべきはユニヴァーサル・リリースされる作品に、アニメ「輪廻のラグランジェ」でタッグを組んだ中島愛、そして“時の歌”(『ゲド戦記』主題歌)などで知られる作編曲家の保刈久明、作曲家の窪田ミナが参加している点だろう。
「〈Platina Jazz〉シリーズを通じて思ったのは、日本の楽曲のストリングス・アレンジが非常に美しく、かつユニークで日本的に聴こえる、素晴らしいものだってこと。保刈さんは新居昭乃さんと共作した“灰色の雨”のストリングス・アレンジが凄く美しかったのでお誘いしたんだ。窪田ミナさんは日本のマネージャーの提案で、来日中に彼女のスタジオにお邪魔して曲を作った。そのひとつが“Ame(Rain)”になったんだ。メグミの声は世界的な視点から見ても単純に大好きで、だからこそ僕のアルバムの他の歌手と同じように、いっしょに曲を作り上げたいと思った。日本語で作ったのも日本以外の地域の僕のファンにとってもおもしろい体験になると思ったからなんだ」。
ユニヴァーサルなコラボレーションと鮮烈なアレンジとメロディーが融合し、多幸感とヴァイタリティーに満ちたアルバム。そこに思想的な厚みも持たせているのが今回のテーマだろう。
「“We Laugh We Dance We Cry”を書いていた時に、人間の条件についての本を読んでいて、僕らは特別な存在だと思いがちだけども、そんなことはなくて、絶えず努力して、成功して、失敗して……終わりのない車輪を廻っている感じだと思ったんだ。非常に短い時間しかここにいられなくて、そのなかで常に幸せと悲しみを経験していく。〈We Dance〉を入れたのは、幸せと悲しみを受け入れたうえで人生を楽しむべきだと思ったからなんだ」。
ダンス・ミュージックの醍醐味を凝縮したようなタイトルであり、この世界の鬱屈を高らかに吹き飛ばすようなテーマ。EDMのアンセミックな感じとはまた異なるラスマスならではの繊細さと優しさ、憂いがドラマチックに飛翔する本作は、現行のシーンと重なり合いながら、新たな価値観を提示する作品となるだろう。年末にはageHaでのリリース・パーティーも控えているラスマス。ぜひ本作を聴き、最新モードの彼を体感してみてはいかがだろうか。
▼『We Laugh We Dance We Cry』の関連盤。
左から、クリスタル・ウォーターズのベスト盤『The Best Of Crystal Waters』(Mercury)、ストーンブリッジの2010年作『The Morning After』(Armada)、“灰色の雨”を収めた新居昭乃の2012年作『Red Planet』(flying DOG)
▼『We Laugh We Dance We Cry』参加シンガーの作品を一部紹介。
左から、フリーダの2010年作『Dear, Let It Out』(ビクター)、中島愛の2012年のシングル『マーブル/忘れないよ。』(flying DOG)、メロの2008年作『Off My Chest』(Raw Fusion)。いずれもラスマスがプロデュースを手掛けています!
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2012年12月19日 17:59
更新: 2012年12月19日 17:59
ソース: bounce 351号(2012年12月25日発行)
インタヴュー・文/佐藤 譲