スネオヘアー 『8 エイト』
[ interview ]
デビュー10年を超えて、まさかこんなに瑞々しい作品が聴けるとは――予想を超えた嬉しい驚きだ。通算8作目、その名も『8 エイト』と名付けられたニュー・アルバムは、〈作り手の息が伝わってくる質感〉にこだわり、〈心地良い音楽とは何か?〉をとことん追求した、極めてパーソナルな感触の作品に仕上がっている。“slow dance”“ユニバース”“game over death”などのタイアップ曲こそポップな装飾とアッパーな疾走感があるが、そのほかの今回初出のナンバーはほぼスロウテンポで統一。シンプルなリズム・キープに徹するリズム隊の力強さ、アコギとピアノのもの哀しく豊かな響き、そしてスネオヘアーならではのジェントルで、抒情をたっぷりと含んだ美しいメロディーと歌――忙しく過ぎる日々のかたわらで、ゆっくり流れていく豊かな時間に気付かせてくれる、静かだが大きな包容力を持つ音楽がここにある。
これで成仏できる、というところを探ってる感がある
――あんまり音が良くて、びっくりしたんですよ。楽器の音がものすごく生々しくて、しかも奥行きと幅がたっぷりあって。細かいコーラスひとつ取っても凝っているし、聴けば聴くほど緻密な音作りが素晴らしいなと。
「ありがとうございます。なかなか、そうやって聴いてもらえる状況が少ないんですけどね。新しいものは――どういうものが新しいのか?というと抽象的ですけど――即効性があって、パッと聴いた瞬間にカッコ良いかそうでないか、というものが最近は多い気がして。淋しいんですけどね」
――エンジニアの方も含めて、サウンド作りにとても楽しんで取り組んだんだろうなというのが目に見えるようで。もともと好きですよね、そういうの。
「好きですね。ずーっと制作だけやってる仕事があったら、それをやりたいです。ガウディの塔みたいな」
――あははは。終わらないじゃないですか!
「終わらない作品を作る職業があったら、それをライフワークにしたい(笑)。手広くやるタイプじゃないんですよね。多くの若者や、同世代や、世代を超えて支持されるみたいな人じゃないので」
――そんな、言い切らなくても。
「わーっとチェーン展開して、どこに行っても駅前にお店があるみたいな、そういうタイプではないんですよ。ひとつ最初に立ち上げた、郊外のお店みたいな」
――いい例えですねえ。
「だから一個ずつ自分でできるし、お金をかけなくても丁寧にできる。内装も、自分で何か描いて切って飾ってみて……という、そういうことをやるしかないというか、むしろそういうことをやりたかったので。素材感とか、作り手の呼吸が伝わってくるような質感とか、そういうものがいいなと自分でも思いますし、自分もそういうものをやりたいし」
――前作が『スネオヘアー』というセルフ・タイトル作で、そこでひとつの分岐点があったように思うんですよね。今回はそこをさらに推し進めて、よりパーソナルな感触になったという感じがします。
「それ以前とは、変わりましたね。できるだけ長く、のちのち聴いてもらっても〈いいな〉と思える楽曲やアルバムを、せっかくこうしてやらせてもらっている以上、残したいなと思うようになりました。もう引き際論が始まってるんですよ、自分のなかで」
――引き際って……(笑)。
「これで成仏できる、というところを探ってる感じがあるんですよね。そしたら後は、同じことをやり続けるか、まったく別のことをやるか、そういうことになるので。そうなったらいいかなと思います」
――ある意味、デビューの頃に戻ったような感じもしたんですよ。この、すごくパーソナルな質感の音楽は。
「自分のなかにある内的なものを音楽にして、表現してゆくという。それしかないなという感じはありますね」
――もともと、そうでしたよね。
「もともとそうだったんですけど、もっと、エゴだったですね」
――ああ、なるほど。
「いまはもっと、人格というか、音楽という枠ではない生活や、営みや……まあ、ちょっと大人になったんですね。年を取った。もともとそんなに若くはなかったですけど、あの頃は音楽的にカッコ良いことをやりたいとか、音楽的な表現の葛藤がまだまだいっぱいあったんですよ。これはたぶん良くないことだと思うんですけど、いまは自分を良く見せようという気持ちがなくなったんですね」
――はい。
「葛藤の先に何もないんだろうなという――そういうふうに決めるのも良くないんですけど――なんとなくそういう感じがしたんですよね。自分の外側のことを感じて、というよりは、もっと自分の内にあるものは何かを噛み締めたり、同じ景色をもっと素敵に見せたいなと思ったので。自分自身が一人の人間としてちゃんとしたいというか、あまり偏った立場にいたくないなと思ったんですよね」
――前作を作った時に、シンガー・ソングライターとして〈いま〉を歌えている、と言ってましたよね。いまさら何を言ってるんだろう?とあのときは思ったんですけど、いま考えると、すごく象徴的な言葉だった気がします。
「いままでに存在しない、新しいサウンドや言葉を作り出す力は、僕にはないと思うんですよ。でも自分なりの切り口があるというか、同じものを見ても、自分なりの言葉で表現することで、言葉とメロディーが重なることで新鮮に響いたり、意味が倍化するような、そういうキャラクターだよなと思うんですよね。そこにいろんな人の切り取り方があって、自分も自分なりのキャラクターがあって。そういうことかなと思います」
――大事なのは切り口。そしてキャラクター。
「質感、というんですかね。音楽って、いろんな伝わり方があると思うんですけど、何かを提示したり、何かを断ち切るようなものであったり、オシャレしたような気分になったり。いろいろあると思うんですけど、そういう意味ではまったく聴き手のことを考えていない、すごい不親切なアルバムです(笑)。そういうサービスが一切ない」
――それで全然いいと思います。
「見返りを求めるみたいなことが、いちばん良くないですよね。〈サービスしたのに、おかしいな〉とか。そんなのお客さんも求めてないと思うし、作る人それぞれで、例えば言うべきことを言って牽引していく立場の人もいると思いますし、僕はそもそもそういう立場ではないので、あるものをやり続けている。いろんな音楽があって、聴き手が自由にそれを受け取っていく、そういうことだと思います」