インタビュー

TONI BRAXTON & BABYFACE 『Love, Marriage & Divorce』



恋愛の後には結婚があり、その後には離婚がある……かどうかは人それぞれだろうが、出会いと別れの糸が新たなドラマを織り成すのは確かだ。哀しみから立ち上がった女と、傷を負った男が再会したとき……互いの溢れ出る心情を詰め込んだ類を見ないデュエット・アルバムが生まれた。ここまできたらもう、離婚は文化だ!!



Toni&Babyface_A



離婚は文化か

統計の取り方によって実状との距離があるとはいえ、いまや日本では3組に1組、米国では2組に1組の夫婦が離婚という選択に至るとされる現代。そうなってくると、もはや離婚もカジュアルな……とは言い過ぎにしても、昔のように極端なマイナスイメージを背負う必要はなく、多くの人にとって身近な出来事となっているのは確かじゃないだろうか。そうでなくても大昔から〈別れ〉は歌の世界で普遍的にして重要なテーマだったが、ドロドロ感が付きまとうためか制度的な意味での〈離婚〉を真正面から取り上げた作品はそう多くはなかった。そこに今回メスを入れてきたのがトニ・ブラクストンとベイビーフェイスだ。二人が完成させたのは、その名も『Love, Marriage & Divorce』。タイトルそのままに、〈恋愛〜結婚〜離婚〉を主題にしたデュエット・アルバムとなる。

今作は両名が新たにサインを交わした新生モータウンからのリリース。同レーベルのベスト・デュエットといえばマーヴィン・ゲイとタミー・テレルが思い出されるが、夢のような恋愛のハッピーな熱情を描いた彼らの歌世界は、もちろんトニとフェイスの歌うビターなドラマとは異なる。よく考えるとソウル〜R&Bのデュエット作品というものは(辛い別れを演じる曲を含むとしても)基本的に見つめ合って歌うようなラヴソングを中心に成り立ってきた。実際のカップルが仲睦まじく作ったこの10年で最高のデュエット作=ケニー・ラティモア&シャンテ・ムーアの『Things That Lovers Do』(2003年)は制作中に子供も授かったことで話題となったし、かの〈愛のセレブレーション〉を生んだこの30年で屈指のデュエット作=ロバータ・フラック&ピーボ・ブライソンの『Born To Love』(83年)にしても大仰なまでに恋愛を賛美する内容だったのは当然だ。が、結局ケニーとシャンテは結婚生活を9年で終えているし、〈愛のセレブレーション〉を用いての甘いダンスで知られた小柳ルミ子と大澄賢也も破局している(強引)。まあ、余計なお世話なのはともかく。

現実がそんなものだからこそ、二人はあえて現実的なトピックを選んだとも言える。ましてやトニは芸能ニュースを騒がせた末に昨年ケリ・ルイス(元ミント・コンディション)との離婚がようやく成立したばかりで、夫人思いというイメージの定着していたフェイスも2005年に離婚しているわけで……そんな生々しいテーマを実際に生々しい離婚歴で知られる男女が歌うのだから、これはおもしろくないはずがない。



心の準備はできていた

もちろん、そんな下世話な興味を差し引いても重要なポイントがあることは長年のR&Bファンなら先刻承知だろう。そもそも姉妹グループのブラクストンズにいたトニがソロ歌手としてお披露目された最初の一曲こそ、まさにベイビーフェイスとのデュエット“Give U My Heart”(92年)だったのだ。93年の初作『Toni Braxton』によって彼女はすぐさま世界的な存在に駆け上がるが、ベイビーフェイス(とLA・リード)がその立役者だったというわけである。バッサリ短くしたトニの髪型も当時の姿を連想させるものだが、そんな二人が再会したきっかけは、離婚や金銭問題も含めて苦境にあったトニの〈引退宣言〉にあったそう。今回の〈復縁〉についてベイビーフェイスはこう説明している。

「以前からいっしょに作品を作ろうと話していたけど、デュエットのアルバムをやろうとまでは考えてなかった。ただ、トニが音楽業界を引退したいと言いはじめたから、彼女と話をしたんだ。そのときに〈君は引退すべきじゃないし、自分の愛していることを続けるべきだ〉と説得したんだ。その会話のなかで僕が〈いっしょに作品を作らない?〉と誘ったんだよ。二人で作品を作れば、彼女のプレッシャーを少しでも軽減できるんじゃないかと思ったわけだ」。

そんな状態から離婚をテーマにしたアルバム制作に入るのは飛躍が過ぎる気もするが、私小説的な作風が災いしてか離婚後はオリジナル作を出せなくなっていた(?)ベイビーフェイスにとっても、辛い過去をここでフィクションに昇華しておくことは避けられない行為だったのかもしれない。

「彼女は業界に嫌気がさして、インスピレーションを感じなくなっていたようなんだ。僕は〈自分が知っていることについて歌うのはどう?〉って提案した。そうすればインスピレーションが湧いてくると思ってね。それで、何について歌いたいかよく話し合って、最終的に〈恋愛〜結婚〜離婚〉がテーマになったんだけど、彼女はそれを表現する心の準備ができていたんだ」。

そうやって成熟した男と女の視点から誕生した『Love, Marriage & Divorce』は、これまでの両者にないタイプの、スムースな展開のなかに感情の起伏を忍ばせた逸曲集に仕上がっている。先行ヒットとなった“Hurt You”は互いの裏切りを責めながら謝り合うウェットなナンバー。ソングライトや演奏の大半をベイビーフェイス自身が担当し、30年来の盟友ダリル・シモンズ(ちなみに先述のケニー&シャンテ作品でメイン・プロデュースを務めていた)や弟子筋のアントニオ・ディクソン、ラスカルズも随所に助力。トニも多くの曲でペンを交え、ソロ歌唱の“I Wish”は独力で書き上げている。深みを増しながら活力と覇気を漲らせた彼女の歌いっぷりは、フェイスにとっても期待以上の成果だったのではないか。



互いを知り尽くしているから

行きがかり上、やたら離婚について強調してはいるが、ドラマの一環として表題通りに恋愛の幸福な瞬間も描かれているし、サウンド的にそこまでドロドロしているわけではないので念のため。フューチャリスティックなディスコ調の“Heart Attack”は野心を取り戻した昨今のフェイスらしい 仕上がりだし、ボブ・マーリー“Turn Your Lights Down Low”系の温かな“Take It Back”や、ブラックストリート“Before I Let You Go”まんまのフレーズで綴られるスピリチュアルな“I'd Rather Be Broke”があったり、トニとフェイスの関係にも重ねられるブライトな“Reunited”があったり、純粋に個別の楽曲を短編として楽しむ余地も十分にある。とりわけ、マーヴィン・ゲイ風のフレージングも交えながら90年代の童顔マナーを否応なく思い出させる“Sweat”の麗しさといったら……やはりフェイスにとってもトニとの作業にインスパイアされた部分は大きかったのに違いない。

「彼女とコラボするのは心地良いんだよ。お互いのことを知り尽くしているからなんだ。彼女との仕事はいつも楽だとは言わないけど、楽しいよ(笑)」。

ともかく、過去の傷跡をエンターテイメントに転じることでリフレッシュした二人。この〈カップル〉がどんなふうに歩んでいくのかはまだわからないが、アルバムを耳にした人なら、この先も新しいドラマを紡いでくれることを期待せずにいられなくなるはずだ。もちろん、それが辛く哀しいノンフィクションでないことは祈っておきたいのだけれど。



▼古今R&Bのデュエット名品。
左から、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの68年作『You're All I Need』(Motown)、ケニー・ラティモア&シャンテ・ムーアの2003年作『Things That Lovers Do』(Arista)、ロバータ・フラック&ピーボ・ブライソンの83年作『Born To Love』(Capitol)

 

▼関連盤を紹介。
左から、トニ・ブラクストンのベスト盤『The Essential Toni Braxton』(RCA)、“Give U My Heart”を収めた92年のサントラ『Boomerang』(LaFace/Arista)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2014年02月05日 17:59

更新: 2014年02月05日 17:59

ソース: bounce 363号(2014年1月25日発行)

構成・文/出嶌孝次