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スタジオジブリの音楽

「借りぐらしのアリエッティ」が初監督作品となった米林宏昌氏に訊く

連載
360°
公開
2010/08/05   13:53
更新
2010/08/05   13:54
ソース
bounce 323号 (2010年7月25日発行)
テキスト
インタヴュー・文/村尾泰郎

 


(C)2010 GNDHDDTW

 

もし、家の床下に小人たちが住んでいて、人知れず暮らしているとしたら? 魔法も使えず妖精でもない、身の丈以外は人間と同じ小人たち。そんな彼らの世界を描き出したのが、スタジオジブリの最新作「借りぐらしのアリエッティ」だ。本作で初めて監督に挑戦したのは、これまでジブリ作品で作画を担当してきた米林宏昌。今回、監督を務めることになったのは、本人にとって思いがけないことだったとか。

「最初に宮崎(駿)さんのアトリエに呼ばれたんです。偉い人たちがずらっと並んでいて何事かと思ったら、宮崎さんから〈演出をやらないか?〉と言われてビックリしました。アニメーターとしては10数年やってきましたが、演出をやりたいと思ったことは一度もなかったんです。それに仕事量的にもムリだと思い、断る理由を考えて(笑)。〈監督には主義とか主張がないとダメだと思うんですが、それが僕にはないのでできません〉とお断りしたら、宮崎さんが〈そういうのは原作にあるから大丈夫だ。とにかく読め!〉といって本を渡されたんです」。

 


(C)2010 GNDHDDTW

 

原作はイギリスの児童文学、メアリー・ノートン著「床下の小人たち」。実はこの物語は、40年前に宮崎がアニメ化を考えていたものだった。そして、米林監督は原作に引き込まれ、監督として関わることを決意する。

「まず〈借り暮らし〉の生活がおもしろかったですね。糸車を椅子にしたり、コインをお皿にしているとか、そういった描写がものすごく細かく描かれていて。企画の段階で舞台を日本に移すというのは決まっていたんですけど、われわれにとって馴染みがある〈借りてきたもの〉をアリエッティの生活にいろいろ採り入れる、そういう画を描くだけでもおもしろいものになるだろうなと思いました」。

つまり、まず大切なのは小人たちから見た世界を丁寧に描くこと。スタッフは実際に小人たちの視線で、自分たちの身の回りを見つめ直した。

「やっぱり、写真で撮ってそれを模写するより、実際に顔を草のなかに埋めてどんな世界なのかを見て、その印象を絵に写し取っていく。いかに描き手が体感して、それを絵のなかに写しとっていくという部分が大切で、それは映画を観た人に伝わるものがあるんです。美術だけではなく、動きにしてもそう。葉っぱを持った時に、どういうふうに雫がぽたっと落ちるだろう?とか、そういうのを真面目に、きちんとひとつひとつ描いていくというのが〈借りぐらしのアリエッティ〉の作風ですね」。

そうやって、自然の息吹に満ちたアニメーションのなかで、14歳の小人の少女、アリエッティと、人間の少年、翔の出会いが瑞々しいタッチで描かれていく。監督いわく「孤独で不器用な2人」が「相手と目線を合わせるようになるまで」を描いた本作は、2人の成長の物語でもあるのだ。そんなファンタジーと青春ドラマの要素を持った本編を彩るのが、フランス出身のミュージシャン、セシル・コルベルのケルティックな歌と音楽。きっかけはジブリに届いたセシルのCDだった。

「ハープの音色とセシルさんの歌声がすごくキュートで、これはもう物語の世界観にぴったりだなと思ったんです。セシルさんの歌声に14歳の少女の若さを感じたり、ハープの音色に切なさみたいなものを感じたりして。それで彼女に主題歌を歌ってもらうことに決めたんです。その後、やっぱり映画全体に関わってもらおうと思って、サントラもお願いすることになりました」。

まず、米林監督がさまざまなシーンをイメージした詩を書き、その詩と映画の脚本、美術からインスパイアされてセシルが作曲していく。そうやって、ミュージシャンと監督とのコラボレートから生まれたサントラには、ジブリらしいこだわりがたっぷり詰まっているのだ。サントラに耳を澄ませば、きっと映画のなかと同じように小人たちの息遣いが伝わってくるに違いない。

 

借りぐらしのアリエッティ

2010年/日本 監督/米林宏昌 企画・脚本/宮崎駿 声の出演/志田未来、神木隆之介、大竹しのぶ、竹下景子、藤原竜也、三浦友和、樹木希林他 全国東宝系にて公開中