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スタンリー・カウエルがピアノで語りかける祖先の歴史。ソロ新作を〈澤野工房〉からリリース

Stanley Cowell

「このジャケットに描かれるように、スタンリー・カウエルの手は、ピアノを弾くために授けられた美しく大きな手だ。その長い10本の指が、目にもとまらぬ速さで有機的に鍵盤上を行き来する様子を見るだけで、伝統的な黒人ピアノ芸術を今に伝える最高の巨匠だと実感してしまう。前衛的で尖ったスタイルで演る時でも、決して懐かしいぬくもりを失わないのは、伝統的な「型」をきっちり身につけた者だけが許される「型破り」ということなのかもしれない。


本作は、彼に惚れ込んだ仏のプロデューサー、フィリップ・ジェルメッティが8年がかりで実現させた待望のソロ・アルバム。南仏のスタジオに招かれたカウエルは、あらゆる要求に即応してくれるハンブルグ・スタインウェイと対峙し、繊細なタッチに虹色の光彩を放つ名器を楽しみながら、自由自在の即興演奏を繰り広げている。

『Juneteenth』とは6月19日の「奴隷解放記念日」のことで、今年はその150周年。(ブックレットは当時の貴重な写真集)カウエルは、オーケストラのために書いた組曲をソロ・ピアノ仕様に改訂(2-11)し、書き下ろしの新曲(1,12,13)を加えた。斬新なプレイのあちこちに、聴き慣れたメロディがふいに顔を出すのがカウエルらしくて、とても楽しい。(1)の超モダンなアドリブのボトムラインとして奏でる左手のメロディが公民権運動を象徴する“ウィ・シャル・オーバーカム”だと気づき、冒頭から度肝を抜かれる。(4)は南北戦争中の両軍の歌のコラージュ、(6)では人種差別を糾弾するビリー・ホリディの歌いぶりがピアノで聴こえ、不思議なサブリミナル効果を生み出す。黒人史と無関係な場所で日常を送る私達にも、ジャズを生んだ社会の源流を垣間見せてくれる。巨匠カウエルがピアノで語りかける祖先の歴史が、フランスのエスプリで装丁されたピアノ・ソロのモダン・アートだ。

Text by 寺井珠重

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〈澤野工房〉特集

タグ : ジャズ・ピアノ

掲載: 2015年06月24日 17:46