バンジャマン・アラールによるJ.S.バッハの鍵盤作品全集録音プロジェクト第8弾はインヴェンションとシンフォニア、フランス組曲、ほか(3枚組)
アラールが肉薄するバッハの姿
バッハの鍵盤作品全集第8集
名手アラールによる偉大な挑戦、バッハの鍵盤作品全集第8集は、インヴェンションとシンフォニア、そしてフランス組曲ほかを収録。楽器は、チェンバロ、クラヴィコード、ペダル・クラヴィコードを用いています。
タイトルにある「マリア・バルバラ」(1684-1720)はバッハの最初の妻。彼女の父はオルガン奏者にして作曲家であり、父から音楽教育を受けたと考えられていますが、あまり詳しいことはわかっていません(W.F. バッハやC.P.E. バッハら、作曲家として現在にも名を残している息子はマリア・バルバラとの子供)。1717-23 年頃に書かれた(と考えられる、あるいは浄書譜が残っている)作品には少なからずマリア・バルバラと生活を共にしていた時に完成、あるいは着想されたものが多数あるはず、ということで、アラールはこのアルバムに、「マリア・バルバラ」の名前を入れています。
「ケーテン時代」にバッハが仕えていたケーテン侯は、カルヴァン派(音楽が信仰の妨げになるという考え)だったため、バッハは教会カンタータは書きませんでした。この時期には世俗音楽を多数書き、《ブランデンブルク協奏曲》《無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ》《インヴェンション》《平均律第1 巻》などがこの時代の自筆譜で伝えられています(すべてがこの時期に作曲・完成されたかどうかは不明)。1720 年7 月、バルバラが亡くなります。無伴奏ヴァイオリンの作品などは、マリア・バルバラの死への悲しみの感情が迸っていると言われることもあります。ここでは、無伴奏ヴァイオリンの作品を鍵盤で演奏しております(バッハもしばしばこのように演奏したと伝えられています)。
フランス組曲は1722-25 年、アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集へ書き込まれる形で初稿譜が誕生しています。歴史的チェンバロ、1645 年製のクーシェで演奏されており、フランス風の細密画の非常に特別な世界を垣間見せてくれます。F. クープランの手法で描かれた肖像画のようでもあります。アラールは、フランス組曲の第1,2,5,6 番の前に、F. クープランの≪クラヴサンの技法≫から、関係調のプレリュードを配して演奏、これによりバッハ、F. クープランの作品がそれぞれより際立ってきます。
インヴェンションとシンフォニアもクラヴィコードでの演奏によりますが、バッハは、インヴェンションとシンフォニアのタイトルページで、これらの曲がクラヴィコード特有の「カンタービレ」の演奏スタイルを身につけるためのものであると明確に記しています。当時から1850 年頃まで、ドイツ語圏ではクラヴィコードが音楽全般、特に鍵盤音楽を学ぶための基本的な道具でした。アラールの演奏により、インヴェンションとシンフォニアの、バッハが聴いていたであろう響きによる演奏を識ることができます。
通常オルガンで演奏される作品([CD1] の9 および10)が、ここではペダル・クラヴィコードで演奏・録音されていることにもアラールのこだわりが。当時オルガンを実際に演奏するには、人力によってパイプに風を送り込まなければならず、いつも自由に演奏できるものではありませんでした。時に奏者はペダル・クラヴィコードで練習していたのです。BWV 598 のペダル練習曲は、大バッハのペダルの技術の驚異性を伝えるもので、エマヌエル・バッハの筆者譜によって伝えられています。アラールの足鍵盤の技術にも注目です。
バッハの作品ひとつひとつの完成度の高さに驚くとともに、バッハの生涯や生活、周囲の環境までにも思いを馳せながら聴くことができ、アラールがいよいよバッハに肉薄していることも感じられる、非常に濃い内容の3 枚組となっております。
(キングインターナショナル)
[日本語帯・解説付き]
『J.S.バッハ:鍵盤のための作品全集 Vol.8~ケーテン、1717-1723、マリア・バルバラに捧げる』
【曲目】
[CD1]
J.S.バッハ:
1-4. ソナタ ニ短調 BWV 964〔I. アダージョ II. フーガ。アレグロ III. アンダンテ IV. アレグロ〕(原曲:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV 1003)
5. シャコンヌ ニ短調 (原曲:ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004 第5曲)
6-7. プレリュードとフーガ(原曲:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト短調 BWV 1001 第2曲)
8. アダージョ ト長調 BWV 968(原曲:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 BWV 1005 第1曲)
9. ペダル練習曲 ト短調 BWV 598*
10. ファンタジア ト短調*(ファンタジーとフーガ BWV 542より)
[CD2]
J.S.バッハ:
1. インヴェンション ハ長調 BWV 772
2. シンフォニア ハ長調 BWV 787
3. インヴェション ヘ長調 BWV 779
4. シンフォニア ヘ長調 BWV 794
5. インヴェンション ニ短調 BWV 775
6. シンフォニア ニ短調 BWV 790
7. インヴェンション ト長調 BWV 781
8. シンフォニア ト長調 BWV 796
9. インヴェンション ホ短調 BWV 778
10. シンフォニア ホ短調 BWV 793
11. インヴェンション イ長調 BWV 783
12. シンフォニア ニ長調 BWV 789
13. インヴェンション ニ長調 BWV 774
14. インヴェンション ロ短調 BWV 786
15. シンフォニア ロ短調 BWV 801
16. F.クープラン:プレリュード ニ短調(“クラヴサン奏法”より)
17-21. J.S.バッハ:フランス組曲 第1番 ニ短調 BWV 812
22. F.クープラン:プレリュード ト短調(“クラヴサン奏法”より)
23-29. J.S. バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV 816
30. F.クープラン:プレリュード ロ短調(“クラヴサン奏法”より)
31-36. J.S.バッハ:フランス組曲 第3番 ロ短調 BWV 814
[CD3]
J.S.バッハ:
1. シンフォニア 変ホ長調 BWV 791
2. インヴェンション 変ホ長調 BWV 776
3. シンフォニア ハ短調 BWV 788
4. インヴェンション ハ短調 BWV 773
5. シンフォニア ヘ短調 BWV 795
6. インヴェンション ヘ短調 BWV 780
7. シンフォニア 変ロ長調 BWV 800
8. インヴェンション 変ロ長調 BWV 785
9. シンフォニア ト短調 BWV 797
10. インヴェンション ト短調 BWV 782
11. シンフォニア ホ長調 BWV 792
12. インヴェンション ホ長調 BWV 777
13. シンフォニア イ短調 BWV 799
14. インヴェンション イ短調 BWV 784
15. シンフォニア イ長調 BWV 798
16. プレリュード 変ホ長調(フランス組曲第4番 変ホ長調より BWV 815aの異稿)
17-23. フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV 815
24. プレリュード ハ短調 BWV 999
25-30. フランス組曲第2番 ハ短調 BWV 813
31. F.クープラン:プレリュード ホ短調(“クラヴサン奏法”より)
32-39. J.S. バッハ:フランス組曲第6番 ホ長調 BWV 817
【演奏】
バンジャマン・アラール
[CD1]および[CD2&3]インヴェンション&シンフォニア:クラヴィコード、2018 年エミール・ジョバン製/1773 年クリスティアン・ゴットフリート・フリーデリキ製~
*が付いているものはケンティン・ブルーメンレーダーによるペダル・ボードを使用して演奏
[CD2&3]プレリュードと組曲:ヨアンネス・クシェ製のチェンバロ(1720 年頃フランソワ=エティエンヌ・ブランシェ鑑定)、Musée instrumental de Provinsコレクション
【録音】
2021 年6月(プレリュード、組曲)および12月(インヴェンションとシンフォニア、その他の作品)
[シリーズの他タイトルはこちら]
カテゴリ : ニューリリース
掲載: 2023年04月18日 00:00