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【追悼】ギュンター・ピヒラー ヴァイオリニスト、指揮者、アルバン・ベルク四重奏団創始者 85歳

掲載: 2026年04月28日 12:30

ギュンター・ピヒラー

オーストリアのヴァイオリニスト、教育者、指揮者。アルバン・ベルク四重奏団の創設者、ギュンター・ピヒラー(1940年9月9日~2026年4月24日)が、交通事故のため亡くなりました。85歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。

プロフィール
ギュンター・ピヒラーは1940年、オーストリア東部のクーフシュタイン生まれ。1955年にウィーン国立音楽大学で学び始め、18歳でウィーン交響楽団のコンサートマスターに就任。1962~63年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めました。1970年には大作曲家ベルクの未亡人ヘレネから許諾を得てアルバン・ベルク四重奏団を創設し、2008年の解散まで第1ヴァイオリンを務めました。ウィーンをバックボーンにもつアルバン・ベルク四重奏団はハイドンからブラームスに至る古典的なレパートリーに強みを発揮した一方、ウィーン流儀を超えた鋭い感覚や高い演奏技術を用い、ドビュッシー、ラヴェル、新ウィーン楽派など近現代音楽へのシャープなアプローチでも時代をリード。世界最高峰の弦楽四重奏団として約40年にわたって演奏会に、レコーディングに活躍しました。
ピヒラーは教育者としても名高く、1963年から2009年までウィーン国立音楽大学で、1993年から2012年までケルン音楽大学で教授として教鞭をとりました。2007年にはマドリードのソフィア王妃高等音楽院の室内楽部門長に任命されました。さらに、パリ、シエナ、モントリオールなど、数多くの夏季アカデミーでも指導を行いました。彼の教え子は数多く、国際コンクールの入賞者、主要オーケストラのコンサートマスター、室内楽アンサンブルのメンバーを輩出し、教え子の多くは、音楽大学や総合大学で教授として教鞭をとっている。
アルバン・ベルク四重奏団の解散後は、ピヒラーは指揮活動に傾倒し、ヨーロッパの多くのオーケストラの指揮台に立ちました。日本では2001年から2006年まではオーケストラ・アンサンブル金沢の首席客演指揮者を務めたのを始め、各地のオーケストラに客演し、日本での録音も残しています。

2026年4月27日、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が以下のようなコメントを発表しました。

追悼:ギュンター・ピヒラー氏
アルバン・ベルク四重奏団の第1ヴァイオリニスト(プリマリウス)であり、オーストリアのヴァイオリニスト、指導者、そして指揮者でもあったギュンター・ピヒラー氏が、交通事故により85歳で逝去されました。

傑出した音楽家を失ったことに、私たちは深い悲しみに包まれています。私たちは氏と、長きにわたる深く芸術的な絆を分かち合ってきました。

ギュンター・ピヒラー氏の卓越した才能、最高水準の芸術性、そして多岐にわたる模範的な活動は、ヨーロッパの内外において音楽界を形作ってきました。氏は1962年および1963年に当楽団のコンサートマスターを務められました。そのご貢献に対し、私たちは心から感謝しております。

「彼は私たちの仲間の一人でした。ご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます」
—— ダニエル・フロシャウアー(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団楽団長
(タワーレコード 商品統括部 板倉重雄)

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