スペシャル鼎談!! 鈴木惣一朗 × 土岐麻子 × さかいゆう(2)
バニラ・エッセンスが宇宙人に!?
――実際に歌われてみてどうでした?
さかい 気持ち良かったです。僕もファースト・テイクだけだったけど、何度も歌うことで良くなる曲じゃないなと思ってました。家で歌ってみて、ハーモニーとかそこまで完璧に消化しきれてないんですけど、一応自分なりにできたとは思ったし。
――できあがった曲を聴くと、コーラス・アレンジとかもシルキーな雰囲気に仕上がってましたね。
鈴木 コーラス・ワークで攻めるというのは今回決めていたので、まず歌を録ってさかい君を帰したあとに、1つ1つコーラスを入れていくっていう作業をやって。今回のアレンジは楽器音で構成するよりも、声で包んでいくというふうにしたんです。『りんごの子守唄』の〈青盤〉のときはストリングスを入れていくっていうベタなことをやって、〈白盤〉ではミニマムになって、今度はコーラス。というのも、やっぱりバカラックの曲はキラキラしているから。普通はオーケストレーション、ヴァイオリンとか金管楽器で包んでいくようなものを、あえて僕はやらないで声で包んでいこうと思った。だから、さかい君のときもそれを考えて。でも、さかい君の歌は女性的な感じがあるので、女性コーラスには溶け込んでいくし、うまくシルキーなサウンド・オーケストレーションになるだろうなって思ってましたね。
――土岐さんの“Magic Moments”はいかがでした?
鈴木 僕の土岐さんに対するイメージは、初めて出会ったときからずっとオールディーズでプレッピーな雰囲気だなって。キャラメルみたいな声を出すなって最初に思ったし、口からバニラ・エッセンスが出てるみたいな。それは〈白盤〉で歌ってもらったときから思ってて。誰かに例えるなら竹内まりやさんが一番近いかな。それは何かというと、50年~60年代のポップスが持ってた甘い香りのイメージなんですよね。“Magic Moments”はバカラックの初期の代表曲なんですけど、ペリー・コモが歌ってヒットしてからオジサンのイメージがついちゃって、女性が歌ったヴァージョンがなかったんです。でも土岐さんだったら、60年代ポップスの香りみたいなものがうまく出せるんじゃないかな、と思って。あとは声の回転数も変えてみたかったし。
――チップマンクス風に?
鈴木 そう。(土岐に)声、加工したでしょ? 宇宙人みたいに。あれをちょっと実験してみたかったので。バニラがどういうふうになるのかな、と思って。(土岐は)ちょっと抵抗してましたけどね(笑)。
土岐 ええ、宇宙人みたいだからやめましょうよって。
鈴木 だから、レコーディングしてるときは地声を混ぜて聴かせてあげて、土岐さんが帰ったら地声を全部カット(笑)。でき上がった曲では完全に宇宙人にしてます。
――土岐さんは原曲をご存知だったんですか?
土岐 知らなかったんです。
――初めて原曲を聴かれたときはどんな印象でした?
土岐 可愛い曲だなと思いましたね。なんか子供のための歌のような感じで。詩の世界もほんとに平和で甘やかな世界というか。
――実際に歌われてみていかがでした?
土岐 楽しかったです。バカラックは有名な曲しか知りませんでしたが、それでもいくつかカヴァーをしたことがあって。自分で歌っててどの曲もすごく楽しい。普段あんまり家で鼻歌を歌ったりしないんですけど、なんか、つい歌ってしまう曲が多いんですよ。“雨に濡れても(Raindrops Keep Fallin’ On My Head”とか。
鈴木 洗濯しながらとか合うでしょ?
土岐 そうですね。
鈴木 あと掃除の時とかに合うんだよ。決まってるんですよ。
――シンガーという立場から見て、土岐さんとさかいさんは、バカラックの曲の魅力ってどんなところにあると思われますか?
土岐 さっき言ったように最初は正統派なイメージがあったんですけど、このアルバムを聴いて、ストリングス・アレンジがなかったりとか、すごくシンプルなアレンジで攻めてるところで露呈してるのかもしれないですけど、意外と怖い、って思ったりして。怖いっていうか、けっこう変わってるんだなって。正統なだけじゃないというか、ちょっと不思議な感じの展開なんだな、とか。あと知ってる人が歌ってたりすると、それまでサラッと聴いててもリアルに聴こえるじゃないですか? そうすると、「あ、この歌、すごく難しそうだな」とか、一筋縄ではいかないのがわかる気がしますね。鼻歌で歌えるんだけど、鼻歌では作ってないだろうなって。
鈴木 (バカラックの曲の構造は)ちょっとね、階層みたいになってるでしょ。表に出てる場面はわかりやすくてオシャレで……みたいな感じがするわけ。でも、作り手としてそれをいざ作ろうとなると次の階層を見なきゃいけない。下に眠ってるものをみると、すごい不協和音がぶつかってたり、土岐さんが言うようにヘンな解明できない魅力みたいなのが見つかったりしてジャングルみたいなんですよね。多分、その階層がずっと繋がっていて奥が深い。バカラックってダリウス・ミヨーの弟子なんですよ。ダリウス・ミヨーってわかります?
土岐 クラシックの人ですか?
鈴木 うん、フランス6人組の一人。その弟子がバカラックなんですよ。そんなところに引っかかってる人だから、すごいアカデミックなものを勉強したうえで、あのわかりやすい音楽をやるんだけど、やっぱりそういうところで育った人だからヒネくれてるんだよね。ちょっと普通のポップスじゃないというか。ただ曲の最初の印象がオシャレできれい、っていうところが、やっぱりポップ・ミュージックとして完成度が高いところだと思うんです。全然わかりにくいふうに聴こえないじゃない? でも実際に曲をやってみるとだんだんバカラックの深さに気づいて、もうクランケ状態。患者になってしまう。シンガーはもちろん、ピアノを弾く人にとってもバカラックを一回経過するってことは意味があるんじゃないかな。そういうことを知ったほうがいいと思うし、僕も知ってすごく良かったと思ってる。
―― 一度は〈バカラック病〉にかかったほうがいいと。
鈴木 かかって、まあ、ずっとそこにはいないほうがいいと思いますけど(笑)。ビートルズもそういうところがあるけど、1回経過したほうがいい先代の楽賢たちが何人かいる。例えばもうちょっと古いとジョージ・ガーシュインとかも、やっぱり通ったほうがいい人かなと思いますけど。