LONG REVIEW――やけのはら 『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』
日々音楽を聴いていて、歌詞に耳が向くことがほとんどないのだけど、周りを見渡す限り、そういうタイプの音楽好きは少なくないと感じる。そして(自分を含め)そういった人々の耳を捉える言葉を持った音楽がまったくないわけではない。ゼロ年代からDJとして、トラックメイカーとして、そしてラッパーとして目覚ましい活躍を見せてきたやけのはらの、待ち焦がれたファースト・アルバム『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』には、まさに歌詞を必要としない人々にこそ届く言葉が詰まっている。
“Rollin' Rollin'”のアレンジを手掛けたDORIANや七尾旅人、ハマの盟友であるLUVRAW & BTBといった面々を迎えつつ、多くの楽曲はやけのはら自身の手によるもの。ドリーミーな瞬間を選り抜いたサンプリング・ループがメロウに踊りながら夏を祝福し、ざっくりとした打ち込みビートがミドルスクール期のヒップホップのような瑞々しいグルーヴを注ぎ込む。作り手の体温と手の跡を残したサウンドは時にイビツで、それゆえに人懐っこい。
そのうえでやけのはらのラップは、都市とパーティーとそこに集う若者たちを俯瞰で描出する。現場を昂揚させる賑々しい言葉はない。視点はフラットで、決してはしゃいでいない。かと言ってシニカルな語り口は微塵もない。最高に楽しい瞬間にパーティーをそっと抜け出して、ちょっと離れたところから狂騒を見守るような、暖かな眼差しが全編に通底している。
あらゆる音楽はやり尽くされたという諦念や、夢を見れない時代の現状。そこから出発しているからこその〈やけのはら〉なのだろうけど、彼はそれでもまっすぐに前を見据え、キラリと光る素敵なメッセージを投げ掛ける。いまこの瞬間のキッズを的確に捉えた言葉は、こねくり回すことのない、シンプルで生々しいものであるからこそ、どの時代のユース・カルチャーにも有効な普遍性を獲得していると思う。
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