踊ってばかりの国 “アタマカラダ”
[ interview ]
ここ1年ほどの間に、踊ってばかりの国というバンドはかなりの速度で進化を遂げている。それは、昨年11月に発表されたカントリー/フォーキー調の軽快なシングル『悪魔の子供/ばあちゃん』に見られるような曲調における広がりだけではなく、サイケデリアたっぷりの演奏、エアー感を持たせた録音技法などにも顕著だ。それが如実に表れたのが、〈悪魔~〉に続いて本日発表された限定ワンコイン・シングル“アタマカラダ”だろう。霞のなかでゆったりとたゆたうようなミディアム・テンポにおいて、ヴォーカルやギターや低音が生々しく絡み合い、フックの効いたメロディーを前面に出しながらも、しっかりと空間を活かした質感をも伴った仕上がりは、間違いなく新しい歌モノ・バンドの在り方を提示していると言っていい。3月16日には待望のニュー・アルバム『SEBULBA』も到着予定。ヴォーカルでありソングライターの下津光史がバンドの急成長と意識改革について本音を語った。
外に開かれてる
――今回のシングルには、11月にリリースされたシングル『悪魔の子供/ばあちゃん』とはかなり違う側面にフォーカスした曲が選ばれているけれど、これにはどういう意図があったの?
「まあ、俺らのユルい系の側面が出た曲ばかりですよね、今回は。レコーディング自体は“悪魔の子供”とかと同じ時だったんです。だから別に意識して方向性を分けて作ったというわけではないんですけど、去年の『グッバイ、ガールフレンド』を作った後から、ちょっとやっていることにまとまりがないかな?という感じもしていたんです。〈いろんなことやってるけど、一体どんなバンドなの?〉みたいなふうに見られているかもしれないなあ、とかね」
――そう言われたこともある?
「いや、直接はないですけどね。っていうか、それ以前に、僕自身『グッバイ、ガールフレンド』を録った頃といまとでは意識も歌い方も本当に変わったんですよ」
――どういうふうに意識が変わったと?
「まずね、リスナーとして日本の音楽を完全に聴かなくなったんですよ、夏くらいを境に。それまでは日本のアンダーグラウンドのバンドとかが好きで聴いていて。ウチのギターの(滝口)敦士なんかはメジャーなものはホントにダメなんですけど、俺もずっとそういうところがあったし、神戸にいる頃は周囲の友達のバンドとかが大好きでよく観たり聴いたりしていたんですね。『グッバイ、ガールフレンド』まではそういう環境のなかで作った曲ばかりだったんです。でも、いまはもっと外に開かれてるっていうか。きっかけの一つは去年の夏に〈フジロック(のROOKIE A GO-GO)〉に出たことですね。〈フジロック〉自体は観に行ってはいたんですよ、その前の年とかも。でも、実際に出演して、同じ出演者としての目線でいろんなバンドの演奏を観てみると、感覚がすごく刺激されたんです。日本のギター・バンドと、例えばアトムス・フォー・ピースとかを観て、どっちがアガるかって言ったら、そりゃあ、アトムスのほうで」
――それはどういう理由で?
「やっぱリズムですよね。日本のロック・バンドってリズム感がダメなんですよ。ハネてないし生きてない。そういうのがすごくリアルにわかってしまったんです」
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