INTERVIEW(2)――雨の日に、静かに語り合うような作品にしたかった
雨の日に、静かに語り合うような作品にしたかった
――先ほども〈ミニマム〉という表現が出ましたが、それはこのアルバムのエッセンスなんでしょうか。
「そうですね。このアルバムは主義主張を伝える類の作品ではなくて、雨の日のBGMというか、静かに語り合うような作品にしたかったので。でも、だからといって本当にBGM的に歌えばいいわけじゃなくて……」
――感情や表現の微妙なバランス感覚が重要になってくるわけですね。
「そのあたりの調整が難しかったですね」
――そんななかで、ムーンライダーズのかしぶち哲郎さんが歌詞を提供した“夏の懺悔”では、感情を押し殺したようなヴォーカルが異彩を放っています。
「これは歌入れにすごく時間がかかりました。かしぶちさんの歌詞が素晴らしくて、生半可な感じでは表現できなかったんです。仄かな狂気やノスタルジー、希求する情熱、死とエロス……そういった要素が声に出ないとつまらないと思って。それに、この曲を聴いていると舞踏家の大野一雄さんが踊っている姿が浮かんでくるんですよね。そのイメージに相応しい歌い方を、と思っていろいろ試してみたんです」
――そういうふうにイメージが浮かんでくることって、よくあるんですか?
「曲によって、ですね。例えば“夜と雨のワルツ”では、マルグリット・デュラスという作家の小説『ロル・V・シュタインの歓喜』の登場人物たちがちらほら浮かんできたりして。この本は10年以上読んでいるんですけど、難しくて理解できないところもあるんですよ。でも、文章の美しさに惹かれて読んできたんです。それで、このアルバムを作っている時に、ふと〈こういうことだったんだ!〉って小説の内容がわかった瞬間があって。最初、この曲はスキャットでやろうと思っていたんですが、小説のイメージが浮かんでからは歌詞がすらすらと書けたんです」
――〈あなたが思うより人生は短く/あなたが思うよりもはてしない〉というフレーズが印象的です。
「そのフレーズは最初の頃から出来ていたんです。昨年で40歳を迎えたんですが、人生のいろんなことがそのフレーズに集約されている気がします」
――そういえば、“叶えられた願い”では過去の恋を振り返っていますね。
「根暗なんで、すぐに過去を振り返っちゃう(笑)」
――〈あの夏のはじまりに恋をしたの/それからはもう二度と/生きられないほど〉。強烈な恋の思い出ですね。
「この曲のことを訊かれたら、皆さんにも訊いてみようと思ってたんですけど、忘れられない恋の思い出ってあります?」
――良い思い出も辛い思い出もそれなりに(笑)。
「風景としてハッキリ残っていたりします?」
――そういうものもあります。スナップショットみたいに。
「わあ、見たい!」
――なかなか、お見せするわけには……。
「見せられないですよね? 私も見せられない。それは自分の中にあるものだから。この曲はそういう風景を歌ったものなんです。ある種、青春の輝きというか」
――10代の頃の?
「内緒です(笑)」
――そういう思い出が歌に昇華されるというのも、ミュージシャンの醍醐味ですね。
「そうですね。私は歌を通じて何度でもその場所へ行ける、みたいな……」
――そして、聴き手も自分の懐かしい恋の風景を重ね合わせることができる。音楽って、記憶を呼び起こす不思議な力がありますよね。
「匂いみたいにね」
――中島さんのストリングス・アレンジが、まるで記憶の残り香のように深い余韻を残しています。
「ジョアン・ジルベルトに“Estate”という曲があるんですけど、私も中島さんも大好きな曲で。いつかそういう世界観の曲を作りたいと思っていたんです。中島さんのストリングス、胸を締め付けられるようですよねえ」