ノイズの奥に忍ばせた、喜びと悲しみと、そして人生の儚さと……
ブラッドフォード・コックスを覆う悲しみとメランコリア。それは、何かに急かされているかのように音を作り続けるディアハンターと、彼のソロ・プロジェクトであるアトラス・サウンドの作品に——癒されるどころかさらに加速して——反映されている。
ディアハンターのニュー・アルバム『Halcyon Digest』は、あたかもジャケットに映る(小人症と思える女装した)男性が、瞳の先に見ている形なき白昼夢の如き一枚となった。過去にはメンバーの死を経験し、本人は先天性のマルファン症候群を煩うなど、彼につきまとう陰と孤独は想像の域を軽く超える。そして本作においてもブラッドフォードの描くサイケデリアは、救いでもなく逃避でもなく、むろん近年インディー・シーンで流行している〈陽〉でもなく、あくまでダーク。かといって単純にネガティヴなわけでは当然なく、むしろ現実と幻想、死と生などさまざまな対比にまつわる物語が、歌詞とサウンドで重層的かつ総合的に描かれ、不思議なムードで進んでいくのが印象的だ。それは眠りにつく瞬間をキャプチャーしたかのようであり、夢の光景を描いたかのようにも思える。
“Fountain Stairs”のようなストレートなロック・ナンバーも披露するなど、曲調そのものは多彩。そういったこともあって、アレンジのムードが全体を統一してみせる様にも心奪われるのだ。
「これまで試したことがなかった、いろんなおもしろいサウンドを採り入れてみたんだ。特に、いくつかの曲でこれまでとは違ったドラム・サウンドを採り入れてみた。テクノロジーやタイプの異る機材を使いながら、音のコラージュを作り上げていったね」(ブラッドフォード・コックス、ヴォーカル:以下同)。
本作は、アニマル・コレクティヴやナールズ・バークレイに参加したベン・アレンとバンドの共同プロデュースという形で制作。友人であり今年1月に亡くなったシンガー・ソングライターのジェイ・リータードに捧げたラスト・ナンバー“He Would Have Laughed”を筆頭に、それぞれの曲にハッとする物語が宿っている。
それでも、彼らの表現はやはり単純ではない。何しろ、“Basement Scene”で歌われる〈年を取っていきたいんだ〉というフレーズは、「何人かの友達を思いながら書いた」というブラッドフォードが、ロックのクリシェとは別の場所で表現を見つめていることをも言外に伝えているのだから。
前作『Microcastle』から4ADがディストリビューションを担っていたが、今作を機に完全移籍。「世界中の人に音楽を聴いてもらいたいから」という思いで決めたという。
「4ADと言えば、特にブリーダーズ、ピクシーズ、コクトー・ツインズ……あとラッシュなんかのイメージだね。それにヒズ・ネーム・イズ・アライヴとか好きだよ」。
時代を先導し、その折々において刺激的な才能が所属してきたレーベル、4AD。いまこの瞬間におけるディアハンターの完全移籍は、まさに理にかなったことのように思える。
▼関連盤を紹介。
左から、ディアハンターの2008年作『Microcastle』(Kranky/4AD)、アトラス・サウンドの2009年作『Logos』(Kranky)、ジェイ・リータードの2009年作『Watch Me Fall』(Matador)