iLL(2)
意見も聞くけど、大事なポイントは曲げなかった
――しかも、ソニック・ユースとニルヴァーナが売れていた時代に、ナカコーはバンドを始めたりしたわけですよね。
「うん。でも、ロック雑誌とかは、いまでもよくやってるし、僕らもそうでしたけど、新人バンドに〈新しい!〉ってキャッチコピーをつけたりするんですよね。やってるほうとしては〈別に新しくないんだよ〉って思うんだけど(笑)。〈何をいまさら。知ってるクセに~〉っていうのが、デビュー以来ずっとあって。確かに、新人バンドに〈新しい!〉という記号をつけるのは、わかりやすくてリスナーに何かが伝わる効果があるとは思いますけど、でも自分たちはソニック・ユースやニルヴァーナとかを聴いてきたから、自然にバンドとして形になったってだけだったんですよね。たぶん、あの頃、僕らと同じ時代に出てきたバンドってみんな同じようなことを感じていたんじゃないかな」
――それは、〈冷めてる〉という意識ではない? もしくは諦念とか。
「んー、冷めてるってわけではないと思いますね。むしろ、真面目なんじゃないかな。〈もっとちゃんとしたい〉とかね。〈もっと流れを変えたい〉とか〈もっと違う方法があるかもね〉とか。バンド・ブームの時、僕らは小学生だったけど、そういうのを見てきているっていうのもありますね」
――あのバンド・ブームの時代に自分たちも活動したかった、というのは……。
「(キッパリと)思わない」
――それは、なぜ?
「んー…………まあ、(音楽性の)タイプにもよるとは思うんですけど、僕なんかは田舎の子だったんで、(ブームで)熱狂はしてるけど中身がない、と思っていたんですよね。音楽というよりファッションに見えた。そうじゃないバンドもいたと思うんですけど、 TVとかに映っているのを観る限りでは、そう思えたんですよね」
――それが反面教師のようにもなっている?
「んー、まあ、僕の場合はだけど、90年代初頭の海外のミュージシャンたちの動きを見ているっていうのがあるかも。自分たちのことは自分たちの手でやるっていう。もちろん、80年代にもそういう動きはあったわけだけど、90年代はもっと身近というか、見える形だったんですよね。そういう意味では、自分たちはいい世代だったんじゃないかなあ。自分たちの決めたやり方で、好きなように作った作品を提示したい、というようにやってるバンドを見てきたから。フガジとか、ディスコード周辺の連中とかね。いまでもKとかがそうですけど」
――Kのキャルヴィン・ジョンソンがやってきたことは、基本的に家内制手工業ですからね。
「うん。個人的にはSST(レーベル)のものは買いまくってたから。自主制作で自分たちでやることが、カッコいいって思っていたんですよね、最初から。で、それを最終的にうまくやってオーヴァーグラウンドまでもっていったのが、ソニック・ユースとニルヴァーナでしょう? まあ、ニルヴァーナは最後は悲劇でしたけど、その悲劇も見てきているわけですから」
――学べるお手本があったことの強み?
「そうですね。それも、アーティストだけじゃなくて、レーベルのスタッフも、ショップの方も、雑誌の編集の方や、それを読む読者も、全員がいっしょになっていた。もちろん日本にも、例えば東京には渋谷系があったわけで、僕は知らなかったですけど、そういう動きが追い風になっていたとも思います」
――スーパーカーの時代からずっとそういうDIYスピリットを持ち続けてきたなかで、過去に気持ちが揺らぐことはなかったですか? 周囲から方向転換を求められたりとか、妥協しなきゃいけないことにぶつかったりとか。
「(周囲から何かを言われても)聞いてないから(笑)。もちろん、あるにはあるし、意見も聞くけど、大事なポイントは曲げなかったですね」