ほたる日和 『elementary』
日常のなかに潜む〈予感〉を丁寧に拾い上げ、豊かな広がりを持ったポップスに結び付けていく。そして、その楽曲たちは聴く者の気持ちに溶け込み、毎日の生活を少しだけカラフルにしてくれる。ほたる日和のファースト・フル・アルバム『elementary』は、このバンドの基本的な方向性がはっきりと示された作品となった。生き生きとライヴ感に満ちた“前触れ”、スウェディッシュ・ポップを想起させる“sarah”など鮮やかな色彩を描き出す早川厚史のソングライティングにもぜひ、注目してほしい。
どれが欠けても、どれを入れ替えてもこのアルバムにはならない
――シングルやミニ・アルバムの表題曲をすべて収録しつつ、新曲もたっぷり。これまでのキャリアを総括しながら現在のほたる日和も表現しているアルバムですね。
早川厚史(ヴォーカル/ギター)「意識的には、新曲を聴かせたかったんですよ。それに合った曲を旧譜のなかから選んだんですけど、しっくり馴染んでくれて」
成相悠一(ドラムス/コーラス)「ちょうどタイミングが良かったと思うんですよね。バンドの成長も含めて、(最初のアルバムをリリースする時期として)いまがいちばん良かったんじゃないかなって。〈早く出したい〉っていうのもあったんだけど、もっと早い時期にリリースしてたらまた違ったかもしれないし」
――“季節はずっと”がCM(SUZUKI新型パレット)に使われていることもあるし、状況が整いつつあるのかも。
早川「需要と供給がちょうどいい状態の時に出すのがいちばんだから。波に乗っていかないと(笑)」
――大事です。では、“elementary”というタイトルのことから訊きたいのですが。
早川「元素記号って、いくつかの元素(element)が繋がってるじゃないですか。ひとつでも欠けると成り立たないっていう。あとはこの言葉が持っている甘酸っぱいイメージですよね、初等科とか入門みたいな。そのふたつの意味が合わさってるのがいいなって思って」
――いくつかのエレメントの集合体としてのアルバムである、と。
早川「そうですね。一見、バラバラの曲のように見えるんだけど、全部意図して作ってるので。どれが欠けても、どれを入れ替えてもこのアルバムにはならないっていう。実際、〈ここににこういう感じの曲がほしいな〉って客観的に見ながら作っていったんですよ。〈1曲目から5曲まではいいけど、あとはおざなりだな〉みたいなアルバムには絶対したくなかったので。洋楽のアルバムって、そういうのけっこうありますよね」
――そうかも(笑)。
早川「このアルバムはそうじゃなくて、全体を通して楽しめるものにしたかったんですよ。そうすることによって、リスナーと僕らのキャッチボールがしっかりできればいいな、と。そこはこだわってますね」
成相「こういう曲があったらいいよね、って話はけっこうしてました」
早川「大体は僕が提案するんですけど、そのまま突っ走るのは良くないんですよね。最終決定はバンドというか、ひとりでも〈これはあんまり……〉って思ってたら、いい曲にならないですから。かっこ良い言い方をすれば、メンバーのやりたいことを採り入れていかないと、最高のグルーヴは生まれない」
成相「好きじゃない曲は演奏できないっていう(笑)」
早川「やりたくないことはやらない、って人ばかりなんで。でも、フィーリングが合わないってことはまったくと言っていいほどないんですけどね。今回のアルバムでも全然ブレはなかったし」
成相「もしイメージと違ってたとしても、その次のスタジオの時には気持ち良く演奏できる感じに変わってくるんですよね。別に具体的なことを話さなくても」
早川「しかも、最初の頃よりもいまのほうが合ってきていて。特に今回のアルバムは、1曲1曲にメンバーの好きな感じが出てると思うんですよね。〈そのフレーズ、いいね〉ってこともちょこちょこあったし。みんなで作り上げてる感じは強くなってますね」
感覚そのものを、そのまま真っ直ぐ描写する
――それもアルバムの統一感に繋がってるんだと思います。いくつかの曲について訊いていきたいのですが、1曲目の“前触れ”は、まさに〈ここから始まる〉というイメージですね。
早川「はい、モロに1曲目です(笑)。なんだろう、〈これから始まっていく〉っていうイメージをもたらすものって、実はいろんなところに転がってるんじゃない?って思うんですよ。それを見逃さないで、拾っていけば?みたいな。特に春はそういう季節だと思うけど、〈お前、いまのはひょっとして前触れかもよ〉ってことはけっこうあるんじゃないかな。実際、経験したこともありますからね。〈あ、今日から変わる気がする〉って」
――具体的なことは何も起きてないんだけど、何かが始まる予感がある。それはほたる日和の大きなテーマですよね。明るい予感、不吉な予感を含めて描いてるところもあると思うし。
早川「そうですね(笑)。あの、〈感じる〉ことってすごく大事だと思うんですよ、曲を書くうえで。右脳と左脳の違いというか、左脳はもう構築されていて、情報によっても左右されることがある。右脳はもっと直感的で、尖ってる――それを曲のなかで描いていくことが自分たちがやるべきことだと思うんです。感覚そのものを、そのまま真っ直ぐ描写するというか」
――それはまさに言葉にできないことだし、一瞬で消えてしまう儚いものでもあって。
早川「はい、ホントにそうなんです。何かを思いついた時は、すぐに書いておかないとダメなんですよね、ケータイに入れておいたり、ICレコーダーに録ったり。作り方はちょっとずつ変化しますけど、〈気持ちの揺れをどう表現するか〉というところは同じですね」
――この曲はライヴ映えしそうですけど、〈ライヴで盛り上がれる曲がほしいな〉っていうような話もするんですか?
成相「うん、そういう話もしてますよ。“前触れ”はまだライヴでやったことないけど……」
早川「〈晴れた日の野外で似合いそうじゃない?〉とか。フェスに出たいっていう気持ちもかなり強いんですよ。あんまりそういうふうに見えないかもしれないけど(笑)」
成相「(笑)」
こいつ、アホやん
――これまでのほたる日和って、〈ノスタルジック〉だったり、〈叙情的で切ない〉っていうイメージがあったと思うんですよ。でも、このアルバムには〈こんなところもあったんだ?〉って、いい意味で裏切る曲が多いですよね。
成相「ありますね、歌詞の面でもサウンドの面でも。“秘密結社”とか」
――うん、“秘密結社”の歌詞は相当危ういと思う。主人公が怪しげな店を発見して、〈ここは秘密結社のアジトかも。店の地下では化学実験が行われていて……〉って妄想を膨らませるっていう。
早川「歌詞を渡した時、(成相に)〈こいつ(歌詞の主人公)、アホやん〉って言われましたからね(笑)」
成相「うん(笑)。〈でも、いいヤツやと思う〉とも言ったけど」
早川「エンジニアさんの反応も、他の曲とは全然違ってたんですよ。〈これ、ふざけてますね〉ってすごく気に入ってもらって」
――虚構と現実の境目があやふやになるというか、寓話的な要素もあって。
早川「わりとリアルな話も盛り込みつつ、現実でもなく、ファンタジーでもないバランスを意識して。世界のどこかで、何か突飛なことが起こっているっていうイメージですよね。それを思い切り振り切ってやってみようっていう。こういう歌って中途半端になるとおもしろくないから、できるだけディープにやってみました。でも、けっこうあるんですよね、こういうことって。街を歩いてて、〈あ、ここは怪しい〉みたいな」
成相「意外と自分のことなんや?」
――早川さん、普段から発想がブッ飛んでるんですか?
成相「いや、普段はそんなことないですよ」
早川「普段は出さないですね。自分では変な人だと思ってるんですけど、それは作品で出していければいいかなって」
ちゃんと愛を歌ってる
――そうですね(笑)。一方では“一途に想うこと”というグッと心に入ってくるバラードも。
早川「ありがとうございます。これ、場所(曲順)的にもいちばんいいと思うんですよ。“秘密結社”のあとで、この曲が来るっていう。〈ひねくれてますね〉ってよく言われますけどね」
――でも、この曲順しかないっていう確信がある。
早川「そうなんですよ。しかも“一途に想うということ”は、入れることをいちばん最後に決めたんです。このアルバムにどうしても必要なものがあるなって思って」
――アルバムに必要なものっていうと?
早川「なんて言うか、ちゃんと愛を歌ってるってことですよね。それは恋人同士だけではなくて、父親と息子だったり、もっと広い意味での愛ってことなんですけど。いろんな愛の描き方があると思うけど……」
――描き方が独特ですよね、やっぱり。〈一途に想う〉とはどういうことかについて、どこまでも深く探っていくっていう。こういうテーマって、おそらくたくさんの人が抱えてることだと思うし。人との距離の取り方というか。
早川「うん、それはずっと考えていかなくちゃいけないと思うんですよね。それは決してポジティヴなことだけじゃなくて、時にネガティヴな要素も入ってきちゃうんですけど」
――“caramel”はまさにそうですね。幸せそうな恋人たちを描きながら、〈よく話題に出てくる男子の名前/ただの友達みたいだけど〉っていうフレーズが入ることで、わずかに暗い予感が混じってくるっていう。
早川「そうですね(笑)。でも、ただリアルなことを描こうとしてるだけなんです、基本的には。平和な時ほど、ネガティヴなことを考えてしまうもんだし」
――エピソードが妙に生々しいんですよね。彼女が最近はまってる小説のことを話してて、それがどうやら、隣の席の〈友達〉のお薦めの本らしい、って。
早川「本の貸し借りとかしてて、そのまま仲良くなって付き合ったりね。ありますよ、それは(笑)」
取れる範囲のボールで、すごくいい球を投げる
――もうひとつ、“pierrot”という曲からはリスナーに寄り添おうとする姿勢を感じました。
早川「あ、そうかもしれないですね。この曲に出てくる女性は、自分を想ってる人の存在にまだ気付いてないんです。いつかはふたりの運命が交差して出会うことになるだけど、彼女はひどく傷ついた経験があって、人のことが信じられなくなってる。そのことを踏まえたうえで、ふたりがどういうふうに近づいていけるのか――そのことを両方から描きたかったんですよね。変わりたいけど変われないっていう人の心に寄り添える曲にしたい、っていう気持ちもあったし」
――リスナーの存在も意識しながら?
早川「そうですね。あの、ライヴで伝えることがすべてっていうところもあるんですよ。さっきも言いましたけど、お客さんとちゃんとキャッチボールをしたいっていうのがあるので。たとえば200kmボールを投げ込んでも、そんなの取れないじゃないですか。〈取れる範囲のボールで、なおかつ、すごくいい球を投げるには?〉っていうのはいつも考えてますね。媚びすぎちゃいけない、っていうのもあるし。だから、〈僕はこう思ってるけど、どうかな?〉っていう感じですよね。そういう気配りは必要だと思う」
――気配りっていうか、自分たちの音楽と聴き手に対する責任ですよね。
早川「それもあると思います。なんだろう、こっちから球を投げて、それが返ってきて、また投げて。そういうやり取りによって曲は育つんですよ、ホントに。まずはしっかり意思を固めて投げないといけないんですけどね、こっちから」
――ライヴの最中、そういう手応えを感じる瞬間ってありますか?
早川「ありますね! 歌い手としては、いつも1対1だと思ってるんです。100人でも200人でも、気持ちはひとりひとりに向かって歌ってて。そのなかで〈伝わった〉ってはっきりわかることってあるんです。わかりやすく言えば、お客さんが泣いてたり、すごい笑顔になってたり」
成相「お客さんの反応って、けっこう見てますからね。ライブ中は前髪で顔が隠れがちなんですけど、髪のあいだから見てます(笑)」
早川「見てるドラマー(笑)。そのやり取りのなかで、曲も変わっていくし」
――今回のアルバムで、既にリリースされてる曲を再レコーディングしてるのも、そういうことですよね。いまの感覚で演奏したテイクを収録する、っていう。
成相「そうですね」
早川「これからほたる日和を知ってくれる人、ずっと聴いてくれてた人、両方に楽しんでもらいたかったので。変わりすぎてない、ってところがいいと思うんですよ。いままでのツボを押さえつつ、ちょっと違うツボも押してみた、っていう。音色や演奏には、いまの俺らが注入されてると思いますね。やっぱり、いままでの作品のなかでいちばん自分たちが出てるんですよ。だからこそ、余計にわからなくなるところもあるんじゃないかなって」
――いままで見せてなかったところも出てますからね。付き合ってみたら、〈え、こんな人だったの?〉みたいな。
早川「(笑)でも、そういうところはあると思います。いままでは〈ノスタルジック〉とか〈カラフル〉って言われることが多かったんですけど……」
――違いますよね、“秘密結社”とか。
早川「そうそう。例えば〈この曲には共感できるけど、これとこれはわからない〉ってこともあると思うんですよ。でも、それでいいと思うんですよね。すべてに共感できるのって、逆にリアルじゃないから。僕らのいろんな面を知ったうえで愛してほしいな、と(笑)」
――タワーレコードのオリジナル特典のCD-Rに収録されてる“水色写真”もいい曲ですよね。恋人に別れを告げようとする男性を主人公にした、めちゃくちゃ切ない曲ですが。
早川「〈どういうふうに描けば、いちばん切なくなるか〉っていうことだけを考えて。明るい要素は必要なくて、切ないワードをガンガン詰め込んだ曲ですね。これはもう、気合い入れました。ふつうの特典じゃイヤなんで、この曲を目当てにしてもらえるくらいまで持っていきたいなって。完全に新曲ですからね」
成相「出来たばかりです。俺らもまだ、そんなに聴いたことがないくらい」
早川「よく言われるんですよ、〈なんでアルバムに入れなかったの?〉って。がんばった甲斐がありました(笑)」
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