INTERVIEW(2)――感情を伝染させる
感情を伝染させる
――そこから東京メトロのCMになる時に、フルコーラスを作って?
「そうです。その頃には〈笑顔について歌っていいんだったら、言いたいことはいくらでもあるよ〉という気持ちだったんですよ。だからそのあとも、そんなに時間をかけずにフルコーラス出来ましたね。ただ、レコーディングは大変でした」
――というと?
「なかなかバンド・ヴァージョンがまとまらなくて、どういう音がこの曲にはいちばん合うのかがよくわからなかったんですよ。サウンド・プロデューサーの浅田信一さんも四苦八苦して、〈こうじゃないか〉と提案したものを誰かしらが〈いや、そうじゃない〉と言ったりして、変えてみたら今度は別のところから〈そうじゃない〉と言われたりして。レコーディング当日になってもそんな感じで、結局その場で音が決まったんですよ。〈これでいいんじゃないか?〉という感じで始めて、〈やっぱりこれで良かったんだ〉という感じで。だからこのレコーディングはライヴ音源みたいな気持ちですね。3曲目にピアノ・ヴァージョンが入ってるんですけど、個人的にはそっちも同じ扱いなんですよ。どっちから先に聴いてもらっても、“福笑い”の代表的な表情だと思います」
――最初に披露した時、みんながシーンとしたというその気持ち、わかるんですよ。この曲は何か特別な解説は必要がないと思うし、伝えたいメッセージは明確だし、〈どういう意味かな?〉という部分はひとつもなくて。ただこちらが受け止めれば良い曲だから、〈伝わりました〉としか言いようがなくて。これ以上何を質問しようかと……(笑)。
「作り手としては、曲で伝わってくれるほどありがたいことはないんですよ。逆に僕があとで何を言おうと、聴いた人が最初に思ったことを優先して、自由に受け取ってほしいです。だからいまおっしゃったことは僕の望んでいたことで。その方なりの受け取り方をしてくれたということじゃないですか。そういうふうに聴いてほしいです」
――そう言ってもらえるとありがたいんですけど、自分ついでに言っちゃうと、このあいだ妹に赤ちゃんが生まれて、2~3か月するとだんだん表情が出てきて、笑うようになるんですよ。その笑顔には理屈も何もないし、すごく根源的だと思ったんですね。赤ちゃんが作り笑いはしないだろうし、嘘泣きもしないだろうし……そんなことを思いました。〈笑う〉ということでいま思うのはそういうことですね。
「僕も似てるかもしれないです。人によっては、赤ちゃんが笑うという仕草をするのは、お母さんに嫌われないためだという意見もあって。僕の友達か誰かが言ってたんですけど、赤ちゃんは笑うことによって可愛がってもらって、自分の身を守るという、本能的なことなんだとか言ってて。それを聞いてちょっとゾクッとしたんですけど、それが笑いの根源だとしたら、大人になってニコニコ笑ってる人たちって、自分が嫌われないための道具として笑いを使っているという、人間特有の何かなんだろうか?とか、そこまで思ったりしたんですけど。でも逆の発想で、子供って淋しかったらギャンギャン泣くじゃないですか。あれも僕はすごい好きなんですよ。大人になったらそれもしなくなるじゃないですか。淋しくたって淋しくない振りをできるようになるし、辛くても辛くない振りをするようになるし。それが何もない状態の子供が泣いているのは、何かしら本当に悲しいからだろうし、笑っているのは、本当に楽しいからだと。僕はいまでもそう思うんですよ」
――それは絶対そうですよ。優くんの友達の意見に僕は反対です(笑)。
「子供がギャーギャー泣いて〈ヤダー〉とか言ってる姿や、逆に〈まだ笑うのかよ〉っていうぐらいキャッキャ笑ってる子供を見ると、伝染するんですよね。そういうふうに感情が伝染するのは、ものすごい芸術を極めた人のパフォーマンスか、子供か、どっちかだと思うんですよね。そうなると、人って、そもそもそうなんじゃないか?というのはありますよね。この曲を去年からライヴでずっと歌っていて、気付いたことは多かったです。いままではあんまりアハハハッて笑える曲はなかったんですよ、全然自慢にならないんですけど(笑)。何か考えさせたりとか、考えなきゃいけないような感じの曲とか、そういう曲が多かったなかで、例えばライヴの最後にこの“福笑い”を歌うと、まず自分が自然と笑ってるんですよ。笑おうと思っているわけじゃないのに、ふっと楽になる感じはします。その感情がどんどん外に出て行って、歌えば歌うほど気持ちが楽になるというか、笑って歌えるようになってきて、そしたらライヴハウスのなかの人たちも自然に笑っているような気がしたんですよね。全員じゃなくても。なかには、何かの思いがあって泣いてる方もいたし、相変わらず難しい顔をして聴いてる人もいるんですけど、少なからず自分も感情を伝染させてるんじゃないかなって思える瞬間は、嬉しかったですね」
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