LONG REVIEW――キノコホテル 『マリアンヌの恍惚』
イメージの話。例えば……バブルの象徴として、ジュリアナ東京とかのお立ち台で踊るボディコン娘たちの絵面を連想する人は多いと思う。が、それがいわゆるバブル崩壊後の光景だということをハッキリ認識している人は案外少なそうだ。もっと単純に言えば、旧石器時代を題材にした漫画やイラストなんかで、原始人と恐竜がいっしょに描かれているような、そんな感じ。そういうイメージは、知識の無意識な混濁によって、記号が大雑把に並べ替えられて形成されたものに過ぎない。
で、キノコホテルの話。彼女たちを形容する際に〈昭和元禄〉や〈グループサウンズ〉といった記号が便利に用いられてきたのは言うまでもないが、本人たちがいくら否定しようとも、そうした記号が良くも悪くも彼女たちの受容のされ方を規定してきた部分は大きい。確かに、彼女たちの弄ぶ記号は多くの人がイメージする〈あの時代〉らしさをいやらしく刺激してくるものだろう。とはいえ、そんな時代のそんな音は、実際には存在しなかったのだと思う。良し悪しの話しじゃなく、いま昭和歌謡を聴いて伝わってくるような独特の湿度は、キノコホテルにはない。そうとは思わせずに、空調が効いています。
で、そんなことは本人たちも知ったこっちゃないだろうし、私も気にしない。オルガンやファズ・ギターの軋みがある種の風景を耳の奥に描き出したとしても、その立体的な音像は乾いた空気感を帯びて、いま現在のサウンドとして身体中を駆けめぐる。この恍惚感はノスタルジーのふりをした、また別の何かだろう。そうじゃなくても、もうちょっと無邪気に楽しむような踊り場もこのホテルには用意されているのだ。過去作で出来上がりつつあった定型から身をかわそうとする意匠の幅広さが、ドライヴ感を増した演奏にしっかり支えられて、あっという間の10曲を濃密に彩っている。 白眉は長尺の“風景”と“マリアンヌの恍惚”。LPで言うところのA/B面を締め括る位置に置かれた8分と6分の陶酔は、逆に今様のサイケデリアがそこに宿っていることをしっかりと伝えてくれるはずだ。うっとりして目が覚めたら40分2800円(税込)のホテル。かっこいいアルバムです。
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