小林太郎 『MILESTONE』
[ interview ]
2011年の夏からバンド活動を展開するも、年明けにふたたびソロ名義となった小林太郎によるメジャーからの初EP『MILESTONE』。もともとバンド志向の強いソロ・アーティストだっただけに、昨年の活動を経て作風が大きく変わったということはない。衝動的なロック・ナンバーも、美しいメロディーのバラードも、圧倒的な存在感を放つ歌声が軸にあるという点において、実に小林太郎らしい作品だと言っていいだろう。
そんな本作において、彼はソロかバンドかという表現の手段を選択すると同時に、その奥にある〈表現そのものの意味〉としっかり向き合うこととなった。そこで得たひとつの答えによって、今回のEPは本当の意味で〈自身のキャリアの始まり〉と言える一枚になったのである。
純度120%の小林太郎とは
――そもそも、なぜ去年はバンドでの活動を行っていたのですか?
「インディーズからのセカンド・アルバム『DANCING SHIVA』を出した頃から、〈次はバンドをやってみたい〉って言ってたんです。なんでそう思ったのかっていうと、俺はアマチュア時代からずっとバンドを組んでて、ソロをやるっていうことはすごく唐突なことだったんですね」
――以前取材したとき、〈成長するためにソロをやってる〉っていう言い方をしてましたもんね。
「ソロの音楽の作り方と、バンドの音楽の作り方は違うじゃないですか? ソロは自分が120%で、バンドはいろんなメンバーの個性がぶつかり合って化学反応が起きる。自分にとってどっちの作り方が合ってるのか、改めて模索してた時期だったんですよね。で、バンドのメンバーはそれぞれ作詞作曲をするやつらだったから、1年ぐらいバンドをやってる間にいろんな曲が出来たんですけど、最終的には〈いまはバンドじゃなくて、自分の曲は自分で表現したほうがいい〉ってみんなが思ったから、〈じゃあ、ここで解散。それぞれのやるべきことをやろう〉と」
――なるほど。
「それで俺は自分のやるべきことというか、〈純度120%の小林太郎〉っていうものを、次こそ表現しなきゃいけないと思ったんです。ただ、(ソロとバンドの)どっちにしようかっていう悩みとはまた別で、音楽を始めてからずっとあったのが〈自分は何を伝えたいんだろう?〉っていうことで。メッセージというか、テーマがないんです。もしかしたら、その答えをバンドに求めてたのかもしれないですけど、それがずっとわからなくて。バンドを組んでから、よりそことも向き合うことになったんですよね」
――その答えが見えたからこそ、バンドを解散して、ふたたびソロに戻ったわけですか?
「いや、バンドが終わっても、結局わからなかったんです。〈それぞれのやるべきことをやろう〉って解散したのに、俺は自分のやるべきことが全然わかってなかった。いくら悩んでもわかんなかったんですけど、あるときに、〈俺の音楽的な才能っていうのは、俺のものじゃないんじゃないか〉って思ったんですよ。詳細がわからない、コントロールできない、自分の好き放題にしてもいいとは思えない、何かもったいないと思ってしまう。これはきっと自分のものじゃないんだなって」
――とすると、誰かからもらったもの?
「誰かからもらったのかもわからないけど、俺はそれを受け取る器でしかなくて、その器の意味っていうのは、受け取った大きなものを、自分以外の人に還元するっていうことなんじゃないかと思って。そうしたら、ものすごくいろんなことが楽に考えられるようになったんですよね」
――具体的には、どんなふうに考え方が変わったんですか?
「いままでは、もともと持ってるものを出すっていうのは同じだとしても、〈良くしなきゃいけない〉っていう考えがすごく働いてて、それができなくてつらかったんですね。で、いまとなっては、逆に悪くしてたようにすら思えて。俺が交通整理のおっちゃんになって、自分の持ってる才能を左から右にスッと通過させればいいのに、そこに突っかい棒をしてたなって。もともと持ってるものに、布を一枚被せて人前に出すみたいな感じで、だから形とかはなんとなくわかるんだけど、細かいところは結局よくわからない。それは自信がなかったっていうことかもしれないんですけど、でも自分が器だって考えたら、その中身に自信がある、ないっていうのはおかしな話じゃないですか?」
――ああ、確かに。
「自分のものじゃないなら、それをそのまま返してあげるっていうのがすごく大事だと思って、今回のアルバムはいままで邪魔してきたものを全部取っ払って、ストレートに自分の持ってるものをさらけ出したほうがいいんじゃないかって思ったんです。ソロに戻ったっていうこともありますけど、小林太郎っていうのを自分でいちばん理解できたタイミングだったので、小林太郎の濃度が120%っていう音楽を作んなきゃいけないなって思ったんですよね」