ART-SCHOOL 『BABY ACID BABY』
[ interview ]
木下理樹(ヴォーカル/ギター)と戸高賢史(ギター)の2人体制となった新生ART-SCHOOLが、サポート・メンバーに中尾憲太郎(ベース)とMO’SOME TONEBENDERの藤田勇(ドラムス)という日本のオルタナ界の異端児2人を迎え、ニュー・アルバム『BABY ACID BABY』を完成させた。USハードコア・シーンのカリスマであるスティーヴ・アルビニが所有するシカゴのエレクトリカル・オーディオ・スタジオで、アルビニの一番弟子とも言うべき存在のグレッグ・ノーマンと共に録音された本作は、アナログのテープ・レコーディングによる硬質でありながらも美しいサウンドに貫かれ、ART-SCHOOLがまたひとつ新しい扉を開いたことを証明する傑作となっている。また、この音質へのこだわりは、同時期に制作されたkilling Boyの最新作へも確実に受け継がれていると言えよう。解散の危機を乗り越え、「いまはもう何も恐れていない」と語る、木下の力強い言葉に耳を傾けてほしい。
解散に向けて突っ走ってました(笑)
――昨年の9月に宇野(剛史、ベース)さんと鈴木(浩之、ドラムス)さんの脱退が発表されて、新作にはサポート・メンバーとして中尾さんと藤田さんが参加されているわけですが、まずはその経緯から話していただけますか?
「去年の5月ぐらいから新作のためのプリプロに入ってて、どうなるかはわかんなかったんですけど、もうエンジニアさんもスタジオも押さえてたんですね。でも、レコーディングの2日前に2人から〈辞める〉って言われて、全部キャンセルして……解散に向けて僕たちは突っ走ってました(笑)」
――とはいえ、実際には解散はしなかったわけで。いかにして解散が回避されたのでしょう?
「正直もう解散でもいいかなとも思ったし、続けようと思う気力すら残ってなかったんです。ただ、中尾さんは家が近所で、たまに飲んで相談とかしてたんで、フッと思ったんですよね。〈いまだったら誘えるんじゃないかな?〉って。そうしたら、快く〈いいよ〉って言ってくれて、あと〈一人どうしても合わせたいドラマーがいる〉と。それがモーサムの勇さんだったんですけど、勇さんも家が近所だったんですよ(笑)。それで、〈やってくれませんか?〉って訊いたら、釈迦みたいな目で〈がんばりまーす〉って言ってました(笑)」
――勇さんは最近、モーサムではほとんどドラムを叩いてないですよね(笑)。
「そう、最近のモーサムはよく観てるんですけど、ギターばっかり弾いてるじゃないですか?〈大丈夫なのかな?〉って一瞬思ったこともあったんですけど(笑)、4人でスタジオに入ったときにめちゃめちゃ感触が良かったんです。そこから、再結成に向けて走り出しました(笑)」
――解散してないじゃないですか(笑)。でも、解散まで考えた心境が変わるぐらい、そのスタジオでいい手応えがあったんですね。
「すごすぎて、やってる間、思わず笑っちゃうような感じだったんです。リズム隊の2人のケミストリーがすごくて、もともと技術的にも日本でトップクラスのプレイヤーの2人だと思うし、それからはもうリハが楽しみでしょうがなかったですね」
――中尾さんと勇さんはお2人とも福岡出身ですけど、いっしょに演奏するのは初めてだったわけですか?
「そうみたいです。中尾さんは昔から勇さんのドラムが好きだったみたいで、それこそナンバーガールを組む前に〈いっしょにやんない?〉って誘ったことがあって、でも〈嫌だ〉って断られたらしく、それを根に持ってたって言ってました(笑)」
――(笑)でも、リズム隊2人のケミストリーもそうだし、バンドとしてのケミストリーもすごくいいなっていうのはアルバムを聴いて感じました。
「その頃は契約も何もなかったんですけど、とにかくリハが楽しみで、バンドを組みたての頃みたいでしたね。〈俺たちのこの曲めっちゃかっこ良くねえ?〉、〈これいつか盤になったらいいよね〉とか、そういうことをオーヴァー30がやっとったわけです(笑)」