インタビュー

ATOMS FOR PEACE 『Amok』

 

エレクトロニックなサウンドをどこまで生楽器で再現できるか、というチャレンジ精神のもとに集結した凄腕たち。でも3年の時を経て届けられた初作は、人々がコネクトできるメランコリックな〈歌〉のアルバムだった!?

 

 

みんなチャレンジを楽しんでいた

何しろ一種の狂乱状態を表す言葉だから、少々危なっかしい印象を抱く人も多いかもしれない。でも首謀者のトム・ヨーク(ヴォーカル/ギター/キーボード)とナイジェル・ゴッドリッチ(プログラミング)に言わせると、アトムス・フォー・ピース(以下AFP)のファースト・アルバムを『Amok』と命名した理由に不穏な含みは一切なく、「僕にとってはすごく茶目っ気があって楽しい言葉」とトムは言う。「それに、そもそもすべては楽しむためにやっただけで、バンドがここまできたことに驚いているくらいなんだ」。

そう、AFPは長期的なプランに基づいたバンドではなかった。始まりは、ナイジェルがプロデュースしたオール・エレクトロニックなトムのソロ・アルバム『The Eraser』(2006年)を、生楽器で演奏してライヴをやりたいという思いつき。そこで2人は複雑なビートを再現できる最強のリズム・セクション──レッチリのフリー(ベース)に、売れっ子スタジオ・ミュージシャンのジョーイ・ワロンカー(ドラムス)とマウロ・レフォスコ(パーカッション)──を招集する。それが2009年秋のことだ。彼らは1回目のリハーサルの時点で確かな手応えを得て、このラインナップをレコーディング・ツールにも使おうと考えはじめた。そこから新たな曲作りに着手するまで、さほど時間はかからなかったという。

「だって『The Eraser』の収録曲だけじゃ38分でライヴが終わっちゃうからね(笑)」(トム)。

その後、ライヴ活動を続ける傍ら、3日間に渡って行なったジャム・セッションが『Amok』の構成素材となるわけだが、この時も単なるインプロに興じるのではなく、トムがエレクトロニックな音を提示することからスタート。つまりAFPの拠りどころは、エレクトロニック・サウンドを生楽器で模倣することに端を発する、マシーンとヒューマンのせめぎ合いにある。

「僕の手元にあったのはビートとかの類いなんだけど、それをみんなが物理的にプレイできるのか知りたかった。そうやって彼らに挑戦したようなもので、みんなそういうチャレンジを楽しんでいたのさ。全体的にすごくテンションが高くて、フィジカルで直感的で、エネルギーに溢れていて、とても興味深かったよ。僕は本当に興奮しちゃって、何でもいいからセッションのきっかけになるものを探そうとしていたんだ。重要なのは、マシーンとそうじゃないものの奇妙なせめぎ合いであり、それが僕らから特定のプレイを引き出し、特定の方向に導いて、アイデアを発展させる刺激を与えてくれた。だから究極的にはインプロなんだけど、目標を絞っておいてから、それがどこに行き着くのか探っていたんだ」(トム)。

「うん。ジャムするだけなら簡単だけど、僕らは具体的なパーツを演奏しようとしていて、かなりの自制心と、プレイヤーとして高いスキルを要した。出発点になる小さな断片があって、それに手を加えて、別の誰かがそれを別の場所に導いて、さらに別の誰かが別の場所に……という具合に、すべての可能性を追求し尽くすまで作業するのさ。そして、僕はセッションを聴きながら心に留まった箇所をメモしていたんだ」(ナイジェル)。

このメモを元にナイジェルとトムは、さらにジャム音源をカットアップして、エレクトロニック処理を施し、曲の形に再構築していく。そこから聴こえるのは、境界を限りなく曖昧にしたエレクトロニックとオーガニックのファンキーなミクスチャーであり、ベース・ミュージックとラテン音楽やアフロビートのグルーヴが見事なまでにシンクロする、摩訶不思議なサウンドスケープだ。

 

声に聴き手を導いてもらう

「全員に共通する感性があるとは期待してなかったのに、いっしょにプレイしはじめると、まったく意図せずにアフロビートとの相似性が浮かび上がった」とトムは指摘する。ただ、2人は本作を実験的なトラック集にはせずに、トムらしいメランコリックな旋律と歌声を乗せて、メロディックなポップソング集に仕上げることにこだわった。

「エレクトロニックなアルバムを、人々がコネクトできる作品として成立させるのは難しい。『The Eraser』ではそれが成立していたんだよね。今回もただみんなでビートを作って、踊って楽しむこともできたけど、感情レヴェルで音楽的に深い部分とコネクトするには、声に聴き手を導いてもらう必要があると思う。僕はトムと彼の声のファンだしね」(ナイジェル)。

「それに究極的に僕は、ヴォーカルがどう乗るかってことを基準にパーツを選んじゃうんだよ。それが僕の得意分野だからね。ただ『Amok』でのヴォーカルは主役じゃなくて、単にサウンド面で起きていることを声で表現しているように感じた。例えばアフロビートにもそういう要素があるんだけど、普通に歌ってばかりいる必要はないんだ。声はいろんな形で音楽のなかから現れる。トランス状態から生まれたりね。だからフレーズが思い浮かんだらあれこれ分析したり、整合性を与えすぎないように心掛けたのさ。音楽自体がそんなふうにして生まれたわけだから、歌詞もリズムへのリアクションとして書いたんだよ」(トム)。

ちなみに、レディオヘッドの2011年作『The King Of Limbs』も『Amok』と同様に各パーツをサンプルのように用い、エレクトロニクスを介して構築された作品だったが、ナイジェルは次のように差異を説明する。

「根本的な違いはメンツが異なるってことなんだけど、『The King Of Limbs』では音をリアルタイムで鳴らして、純粋にエレクトロニックな音楽を空気中に突如現れ出たかのように作るのが狙いだった。だからあまり振り返ることはしなかったよ。でも『Amok』の場合はもっと、あとで解体するプロセスを経ている。エレクトロニクスに始まり、それがナマに変わり、部分的にはまたエレクトロニクスに戻ったり、もしくは別の方向に進化したりして、プロセスはより複雑だったし、ずっと長い時間を要したんだ」。

確かに結成から本作完成までには3年以上を経ていて、要した時間は長い。そしてアルバムを構成する音の層には、トムが「自宅でラップトップ上で作ったガラクタ」と呼ぶ『The Eraser』に始まった対話の軌跡がしっかり刻まれており、この先もそれはツアーに引き継がれ、われわれはいつか何らかの形で次のチャプターを聴くことになるのだろう。

 

▼関連盤を紹介。

トム・ヨークの2006年作『The Eraser』(XL)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年02月20日 19:00

更新: 2013年02月20日 19:00

ソース: bounce 352号(2013年2月25日発行)

インタヴュー・文/新谷洋子

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