LONG REVIEW――砂原良徳 『subliminal』
いま自分の手元に1冊の雑誌がある。それはクラブ・ミュージック専門誌「GROOVE」の2001年5月号で、レア・グルーヴ特集が組まれているものだ。ビズ・マーキーやケブ・ダージら著名人がそれぞれのレア・グルーヴ観を語るインタヴューが掲載されていて、個人的に結構重宝しているのだが、そのなかで竹村延和が〈未来のレア・グルーヴ〉というお題に対してトータスのファースト・アルバム『Tortoise』を挙げており、いたく感心してしまった覚えがある。それから時折、自分でも〈コレって〈未来のレア・グルーヴ〉っぽいよなあ〉という観点で音を聴いたりしているのだけど、砂原良徳の新作“subliminal”にはまさしくそういった要素が備わっているように思う。
名盤『LOVEBEAT』に繋がるシンプルさとソリッドさを湛えたこの4曲入りシングルは、完璧主義の彼らしく、一切の淀みを感じさせない筆致で全編が描かれており、その電子音の幾何学的な配置が織り成すスクエアなグルーヴは、精緻にカッティングされた宝石の如く冷ややかで複雑な輝きを放っている。それはあたかもJG・バラードが代表作「結晶世界」で想像した、すべてが美しい結晶と化する終末の光景のようであり、SF的な未来都市のなかで鳴り響く未知のポップ・ミュージックのようにも聴こえるのだ。
振り返れば、まりんの生み出す音楽はいつだって、あり得ざる世界のあり得ざる物語を紡いでいたように思う。そのなかでも特に現代的な記号性を排し、フューチャリスティックなフォルムに覆われた本作は、遥か未来の人々の耳にも普遍性を持って伝わる気がする。例えば100年後、過去の音楽発掘を趣味とする人間がこの作品を手にしたならば、きっとわれわれがモホークスのレコードをディグした時と同様の興奮を得ることだろう。