LONG REVIEW――石野卓球 『CRUISE』
6年ぶりのソロはフロアを真っ直ぐ見据えたダンス・トラック集である。言わずと知れたテクノ・マイスターが自身の作品でこういうサウンドを展開することは、ともすると当然と受け取られるかもしれない。しかし天性の資質なのか、持ち前のサーヴィス精神からか、ソロであってもポップ・フィールドにアピールし得る要素を往々にして織り込んできたのがこれまでの石野卓球なわけで、ここまでシンプルなダンス・ミュージックが届けられたことには、むしろ大いに驚かされた。フラットな視点で編まれた、気負いのないトラックを揃えた本作は、それゆえの風通しの良い感じが魅力になっているし、リスナーは素直な気持ちで音の快楽に飛び込むことができる。
アルバムの基調となっているのは、6年のインターヴァルの間にシーンの標準規格となった感のあるテッキーなディープ・ミニマルだ。選り抜かれた最小限の電子音やヴォイス・サンプル、ホーンのカットアップがメリハリの効いた音響空間を形成し、ヒプノティックなグルーヴを生み出している。徹底してストイック……ではあるのだが、巻上公一のヴォイス・パフォーマンスをサンプリングした“Hukke”にはファニーな肌触りがあるし、ラストを飾る“Y.H.F”はメロディアスでどこかメランコリックな展開を見せるし、氏ならではのカラフルなポップ・センスも全編を通して淡く色付いている。その微妙なさじ加減が、モノトーン一辺倒のテクノにはないダイナミックな躍動感をアルバムに与えている。
90年代にはフロアで鳴るトラックとポップ・フィールドの音楽には確かな隔たりがあったし、オービタルやカール・クレイグといったテクノ勢がメジャー移籍後に従来とは異なるアプローチを強いられて苦戦しているような状況をよく見かけた。しかしこの10年程でリスナーが成熟したのか、理由はよくわからないけども、いまやダンス・トラックがダンス・トラックのまま、広く受け入れられる土壌ができつつあるように感じられる。そういう状況があってこそ、この音が生まれたのかもしれないし、その意味で本作は優れたトラック集でありながらポップに機能し得るアルバムなのかもしれない。