INTERVIEW(4)――人は登場せず、人工物はある
人は登場せず、人工物はある
――個々の楽曲についてお訊きします。冒頭の“lib”が最初期に出来た曲ということですが。
「“lib”はコンセプトにすごく合致した曲で、展開も豊かだし、技術的課題の高音域の処理という点でも上手くいったかなと思ってます。で、この曲は生楽器的な音色のアンサンブルなんで、生楽器を扱い慣れている方に磨いてもらったら新しい解釈が付加されてもっといろんな方に聴いていただける強度が増えるかなと思って、ミックスをミトさん(クラムボン)にお願いしたんです。クラムボン『2010』の音処理がまた理想的でしたし」
――明確な狙いがあってミトさんを選んだんですね。
「ミトさんと僕はアニメオタク繋がりなんですよ。いっしょに飲みに行って〈萌え~〉とか言いつつ(笑)、お願いしたと」
――4曲目の“static,void”ではギターをフィーチャーしてますけど、生楽器を導入したエレクトロニカってオーガニックな雰囲気のものになりがちじゃないですか。でもこの曲は違いますね。
「そこはすごく苦心したところで、やっぱりちょっと油断するとオーガニックって言われちゃうものになるんですよ。でも僕はコンピューターがないと何にもできない電気大好きな人間なんで(笑)、ちょっとロハスっぽい感じになったら止めることは多かったですね」
――そのオーガニックに寄らないバランス感覚はアルバム全体に感じられますよね。そこがすごく良かったです。
「極端に無機的でもない。けど、人も登場せず、人工物はある……みたいな世界観ですね」
――穿った見方をすれば、エコでロハスな世の風潮にアンチを唱えてるようにも見えます(笑)。
「どうしてもそういうふうに見えちゃいますよね(笑)。でも自分の作りたいものを作っただけで、何も考えてないんですけどね。同時代性みたいなこともまったく意識してないですし」
――“a ray”ではビル・エヴァンスの名曲“Danny Boy”をサンプリングしてますね。
「これはビル・エヴァンスに特別な思いがあったわけではなくて。アルバム全体でピアノをフィーチャーしてるんで、サンプリングによる質感の違ったピアノを入れたいなと。それで出来た曲です」
――素材としてピックアップしたのが“Danny Boy”だっただけだと。
「それから、サンプリングで曲を作ろうという課題を設定してたんですよ。だから最初はASIAN KUNG-FU GENERATIONをサンプリングした曲なんかも作ってたんですよね」
――その“a ray”以降、特に締め括りの9曲目と10曲目はかなりアブストラクトな曲になってますよね。
「前作が〈アンビエント〉って言われたので、〈じゃあ本当にアンビエントやったろかい〉と思って(笑)。このひと続きになってる2曲で一旦終わるんだけど、最後にカールステン・ニコライのリミックスを入れて、そこでまた始まる……という流れを楽曲がある程度揃った段階で想定してたんですね。カールステンさんには、そういうことは何も伝えずにリミックスをお願いしたんですけど、僕の描いた青写真に沿った方向ですごく突出したものを作っていただけた」
――カールステン・ニコライに依頼した理由は?
「大学時代から憧れていて、すごく影響を受けた方なんです。とにかく好きなのでお願いしました」
――電子音響に特化したリミックスですよね。agraphの音とはかなり違う、こういうサウンドで終わるのがまたおもしろいなと。
「最初は〈DJユースにする?〉って連絡がきたので〈いやいや、好きにやってください!〉ってお伝えしました。ガンガンの4つ打ちで終わるのも違うかなと思ったので(笑)」
――そしてアルバムのマスタリングを手掛けてるのは砂原良徳さんです。
「僕はまりんさんのライヴのサポートもやらせてもらってたんですよ。それでマスタリング・エンジニアを決めなきゃいけない時に相談したら、〈どう音が変わるかを知ってから判断すると良いよ〉って、1曲だけマスタリングしてくれたんです。それがすごく良かったので、すべてお願いすることにしました。最初にアルバム全曲のデータをお渡ししたら〈こんなのどう?〉ってキックを加えたデータが返ってきたんですよ。マスタリングをお願いしたのにアレンジが変わっていた(笑)。そういうやり取りを結構長い期間を使ってできたのはとても幸福な体験でしたね」