インタビュー

INTERVIEW(2)――次の段階へ進むために

 

次の段階へ進むために

 

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――今回の作品で言うと、冒頭の“TEI”“SUMMERS”あたりが突破口だったんですか?

大内「いやあ、どっちかっていうと、その2曲が出来たのは最後のほうですね」

――では、決定打が出来た、みたいな感じでした?

大内「そうですね。この3年の間に音源を出してなかったのは、〈じゃあこれでいこう〉って思えるような、グッとくる何かがなかった、っていう理由もあって。でも3年、4年って空いてくるなかで〈そろそろ音源、作ろうよ〉ってなって、その時点でたぶん、ちょっとアレンジは違うんですけど、“夜は幻”“ROMANTIC”“PLANET”はあったんですよ。じゃあこれを軸に作っていこう、って思ってたところでSECOND ROYALからのリリースが決まって、それならアルバムにしよう、って。で、そっからまた曲を増やしてって」

――SECOND ROYALからのリリースはどういう経緯で決まったんですか? もともと仲は良かったということですが。

大久保「はい。特にRufusの上田(修平)くんとすごい仲が良くて。で、自分たちで出そうとしてたときに、新しい、次の感じにいきたいっていうのでプロデューサーを入れようと思ってたんですよ。いままで入れたことなかったんで。僕ら3人はずっといっしょにやってるから、アレンジとか曲の構成とか、なんとなくルールというか、クセみたいなものが自然にできちゃってて、それをなんとかしたかったんですけど、ちょうどその頃に上田くんから〈Turntable Filmsを初めてプロデュースした〉ってサンプルをもらって聴いたら、すごく良くて。自分にはないものを感じて、上田くんに〈プロデュースやってよ、自主で出すんだけど〉って話をしたら、レーベルから〈どうせやるならいっしょにやりましょうよ〉ってことで」

――おお。

大久保「僕もビックリしたんですけどね。SECOND ROYALも、ずっとDJ主体のレーベルだったところから、去年……一昨年かな? バンドも出すようになって」

――2009年のThe New Houseあたりからですかね。

大久保「そう。で、去年はTurntable Filmsとかで、バンドものを今後増やしていくってときで。それで、今年――まあ、話したときは〈来年〉だったんですけど――は日本のマーケットに向けた、日本語の作品を出したい、って話をしてて、〈アナだったらやりたい〉って言ってくれて」

――レーベルの動きともシンクロしたということですね。ちなみに今回プロデュースをお願いした上田さんに対して、何かリクエストしたことはありますか?

大久保「具体的なことはいま思い付かないんですけど、僕と上田くんで、好きな曲を聴かせ合ったりとか。仲良かったけど京都と福岡で離れてて、顔を合わせるのはライヴのときぐらいしかなかったんで、一度しっかり話すっていうか、上田くんに東京まで来てもらって、僕の家に一週間泊めて、映画観たりとか……カップルみたいな生活をしてました(笑)。でもそれがすごくいい時間で、そのなかで実際、曲のアレンジをしながら〈こうやろうよ〉っていう話もしたし……いろいろ話しましたね。そのときは」

――そのときに観た映画や聴かせ合った音楽は、今回の作品に反映されてます?

大内「映画、めっちゃ反映されてるじゃん」

大久保「反映され……てる……?」

大内「あれ、ゾンビの映画だっけ? 女の子の」

大久保「ああ、スウェーデンの。〈ぼくのエリ 200歳の少女〉っていうヴァンパイアの映画を2人で観てたんですけど、そのあとに“ZOMBIE”っていう曲を書いて(笑)。そこから若干インスパイアされた曲で。でもまあ映画は、どっちかっていうとおんなじ時間を共有するっていう意味で大事だった気がします(笑)。Rufusはスウェーデンでレコーディングをやったりしてるので友達も何人かいて、たまたま〈ぼくのエリ〉に上田くんの知り合いが出演してたんですよ。2人とも知らずに観てて、映画館で上田くんが〈これ僕の友達やで!〉って自慢げに言ってきたんですけど、その数分後にその友達の俳優さんが火だるまになって死んじゃって。そのときの上田くんの何とも言えない表情は忘れられないですね(笑)」

――(笑)そうした制作期間はどのくらい続いたんですか?

大久保「半年以上ですね」

大内「いちばん最初の作業が2010年の4月に始まって、終わったのが今年の2月ぐらい」

大久保「ライヴとかもあったんですけど、月に1回は京都に行って録ったり、僕だけちょっと長めに残って、今度は上田くんちに僕が泊まって作業をしたり、っていうのをずーっとやってました。ホント、じっくり作りましたね」

――今回、曲を書かれたのは大久保さんだけですか?

大久保「基本的には僕ですね。いままでは作詞/作曲は僕がやって、バンドでアレンジしてたんですけど、今回は僕と上田くんでなるべく作って、メンバー2人に聴かせて、もっとこうしたほうがいいとか言われてやり直して、っていう感じでした」

――制作の仕方が変わったのはなぜですか?

大内「生活環境が変わったからです」

大久保「それはすごいありますね。僕と大内は中学からいっしょなんですけど、聴いてきたものも、好きなものもいっしょだし、お互い実家暮らしで、やってることもいっしょで(笑)。だから曲作ってって聴かせてもかなりの確率で好きだし、やろうってなったら〈ああ、それそれ〉っていうアイデアが出てくるし、っていう感じだったんですけど、東京に出てきてからは、そんなにいつもいっしょにいるわけではなくて。あと僕、福岡にいた頃はそんなにインターネットをやらなかったんですけど、東京に出てきてからは常にパソコンの前にいるような生活が続いて、音楽の情報の仕入れ方も変わってきて、そのなかでたぶん、音楽の聴き方とか趣味とかもメンバー間で若干幅が出てきて……それをうまくまとめるっていうか、客観的に見てくれる人がほしいなっていうのでプロデューサーを入れよう、って」

――いま、お話に出た音楽的な幅のなかで、今回の作品に反映されたところは?

大久保「最初に言われたみたいに、グローファイとかですかね。これまでは海外のインディーものにまったく興味がなかったんですけど、そこを僕が好きになって。だからその影響は、たぶん要所、要所に出てますね」

 

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掲載: 2011年04月27日 18:00

インタヴュー・文/土田真弓

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