monobright
脱・白ポロ宣言を経て、約1年半ぶりのニュー・アルバムを完成させたmonobright。そんな本作を解体するべく、bounce.comはソングライターである桃野陽介に〈自己を形成する100枚〉と題してアルバム100選を依頼! それぞれの作品に対するエピソードを辿れば、濃厚なオリジナリティーをヴィヴィッドなポップネスへと変換する彼らの音楽性へと辿り着きますよ。
――どーんと100枚選んでいただきましたが、このなかで一番最初に買ったCDって入ってるの?
桃野 入ってないんですよねえ。入れてもいいんですけど……〈ドラクエIII〉のサントラなんですよ。やっぱ、いま聴いても好きな曲は多いですからね。〈ドラクエI〉のフィールドの曲が〈ドラクエIII〉でも流れるところがあるんですけど、その曲とか聴くと、結構鳥肌立つっていうか。
――とはいえ、monobrightの音楽性にはあまり落とし込まれていないっていうことだよね?
桃野 ですね。
――では、monobrightのソングライター、桃野陽介の原体験となる一枚と言えばどれになる?
桃野 それはやっぱりユニコーンの『ヒゲとボイン』じゃないですかね。当時、ユニコーンってすごい人気者だったし、TVにも出てたし……僕が小学2年生のときに『ヒゲとボイン』が出たんですけど、これを聴くとたまらなくオトナになれるっちゅうか。『ヒゲとボイン』なんて恥ずかしくて言葉にできなかったですもん。歌詞のなかにも〈キス〉とか出てくるし、ほんとにドキドキして。こんなの聴いてたら親が泣くんじゃないか?って。でも、小2のときにすでにオヤジのエロ本をこっそり見てましたけど(笑)。
――洋楽を聴き始めたのはいつぐらい?
桃野 中学の頃ですね。TVで「ベストヒットUSA」を観てて、洋楽ってカッコいいんじゃないかって。本当に良さを理解していたわけじゃなくて、みんなと違うものを聴いてるんだよ、その良さがオレにはわかるんだぞ、みたいな、ちょっと背伸びした感覚で聴き始めた感じですよ。
――その頃、最初にピンときた洋楽っていうのは?
桃野 グリーン・デイとかですよ。あとはランシド、NOFX、エピタフ系のバンドとか聴きだして。ハイスタとか〈AIR JAM〉世代のバンドも聴いてたんですけど、そのへんがいちばん好きだとは言わないんですよ。やっぱバッド・レリジョンがイイよねえ、みたいな、表向きは洋楽志向で(笑)。でもまあ、兄貴の影響は大きかったですね。兄貴が聴いていたものはほとんど気に入って聴いてましたから。ただ、兄貴がものすごく推してたオフ・スプリングは、なぜかしっくりこなかったんですよね(笑)。で、あるとき、兄貴が持ってたCDのなかから「なんかちょうだいよ」ってねだったら、「これ全然聴かないからやるわ」って渡されたのがパール・ジャムの『No Code』。それまでは、兄貴が聴いてたものはほとんどカッコイイと思ってたんですけど、兄貴が「聴かないから」ってくれたパール・ジャムがやけにしっくりきて。それで「あれ? 兄ちゃんと違うかも」って思うようになって。
――ついに自我が芽生えてきたわけだ(笑)。
桃野 ついに、ですよ(笑)。それから、自分で気に入ったものを探してみるといいかもなって気持ちになって。それでまず、いま売れてるものから手をつけてみようって思ったときに出てたのが、オアシスの『Be Here Now』。で、CDのライナーノーツを読んでたら、どうやらブラーってやつらとケンカをしてどーたらこーたらみたいな。それで興味が湧いてブラーを買ったんですよね。そしたらブラーのほうが好みで。その頃は、CDのライナーノーツを頼りにいろいろ探っていて、ブラーの『Blur』っていうアルバムのライナーノーツを読んでたら、ニルヴァーナっぽくもあり、ペイヴメントっぽくもあり、みたいなことが書いてあって、また知らない名前が出てきたぞ、こりゃ聴いてみようかな?って。
――やっぱライナーノーツって大事だよなあ。
桃野 でまあ、そういう流れで、高校はグランジ一色みたいな感じで聴いてましたね。ニルヴァーナとかもそうですけど、アウトローな感じに憧れていた時期っていうか……いまの自分にはありえないってぐらいのノリでしたよ、当時は。だから、ブラーとかも聴かなくなって、ブリット・ポップなんかマジで死んでるじゃん、みたいな(笑)。いままで聴いていたものを否定し出しましたよね。ユニコーンも聴かなくなったし、ポップ好きだった中学までの自分を全部なくしたっていうか。さらにレディオヘッドで衝撃を受けましてね、こんなクラい音楽を聴いてる高校生はオレだけなんだろうか……なんていうふうに酔いながら(笑)。まあ、性格までは変わらなかったですけどね。学校でもめちゃ明るいほうだったし。ただ、友達と音楽の話はあんまりしなかったですね。こんなんわかるわけない、みたいなことをエラそうに思ってましたから(笑)。
――で、そういうクラい音楽人生からどうやって逸脱したの?
桃野 タヒチ80のファーストを聴いたときですね。高校のときにいっつも買ってたCD屋があるんですけど、そこの兄ちゃんがかなりコアな人で、それこそグランジ特集やったりとか、そこでの影響も結構デカかったんですよ。で、その店が、あるときギター・ポップ特集をしていて、そのときにタヒチ80とかティーンエイジ・ファンクラブとかマシュー・スウィートとか並べてて。タヒチ80を聴いたときには、自然と心躍ったっちゅうか。散々アウトローなノリの音楽を聴いてたんで、新しく感じたんですよね。ティーンエイジ・ファンクラブとか、ポップだけど音はギャーギャーいってるし、なんだろうコレ?って思って。
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