LONG REVIEW――the HANGOVERS 『the portable terminus』
突然決壊したエモーションの威力は絶大だった。〈ある一節〉を耳にして、とっさに筆者の脳裏に浮かんだのは泣き顔だ。いや、正確に言えば、顔を歪めながら必死で涙をこらえている表情か。この曲のソングライター・1031の言葉を借りれば、「ブルーであることを引き受けた」うえで、それでも口をついて出た叫びはあまりにも切実だった。
ある土曜日の午後、筆者は仕事場でたったひとり、リリースを控える作品のアドヴァンス音源を黙々と聴いていた。歌詞は見ない。耳だけで引っ掛かりを感じた時に初めて見る。the HANGOVERS『the portable terminus』もそんな作品のひとつで、アートワークから想像したのは渋谷系の流れに属するサウンドだったが、聴こえてきたのは時代感がまったく読めないロックンロール。ただ、渋谷系というキーワードはある意味で当てはまっていた。
90年代初頭の渋谷系の全盛期には、60~70年代のジャズやボサノヴァ、ソフト・ロック、フレンチ・ポップなどをはじめ、映画や文学などの断片を採り入れたオマージュ/コラージュ的な音楽が多く発信されたが、2010年にトリオ・バンドとして活動するthe HANGOVERSは、その断片のほとんどを約60年に渡るロックンロールの歴史から丹念に拾い上げていた。のちに遡って聴いた過去作ほどオマージュ感はあからさまではないが、周到なコラージュ感覚はこの2作目でも健在。聴きながら思い当たるジャンルを書き出してみると、ロックンロール~ブリティッシュ・ビート~モッド~ガレージ~サーフ・ガレージ~パンク~ハード・ロック~パワー・ポップ……と、もう際限がない。
80年代ハード・ロックのような金属質のギター・リフの合間を軽やかに飛び交う、60年代のビート・グループを思わせるキュートなハーモニー。90年代パワー・ポップ風の爽快なメロディーのボトムを支える、モッド・スピリット全開のクールなビート。リード曲“着ぐるみとバルーン”のPVを観れば、カラフルな風船が敷き詰められたレコード・ショップとボーダーTシャツ姿のフロントマン、という渋谷系ド直球の設定が。なのに、その胸元を飾っているのはAC/DCの缶バッジだったりする。
その、いっそ微笑ましいほどのロックンロール・クレイジーぶりがおもしろかった。しかも、本作ではオールド・ファッションな粗くざらついた音質が多く採用されていながら、全体の聴き心地としては非常にスウィートでポップなのだ。泣きどころ満載の歌メロはもちろん、一体化した3声を自在に操るコーラスワークがとにかく秀逸で、ソリッドかつシンプルなロック・サウンドにたまらない愛らしさを添えていた。
そんなサウンドのなかに広がるのは、聴き手の想像力を掻き立てる洒脱な詞世界である。恋が始まる瞬間の高鳴る鼓動も、その終焉で味わう甘い憂鬱も、希望に溢れる朝も、膝を抱える夜も――本作のなかに封じられた言葉たちは、私たちの日常を等しくロマンティックに彩ってくれる。胸がいっぱいになってどうしようもなくなる光景は本当に魅力的だ……けれど、筆者はどうしても気になって仕方がなかった。一点突破で耳に飛び込んでくるエモーションと、その向こう側に見える、個と向かい合う主人公の姿が。
歌詞を確認できる資料を手に入れたのは、それからしばらく経ってからのことだ。筆者が冒頭で触れた〈ある一節〉は、リリックとして掲載されていなかった。他の曲も含めて一言、二言単位で虫食いとなっている箇所はいくつかあるが、1センテンス、丸ごと削ぎ落されているのはそこだけのようだ。極限まで逼迫したブルーは簡単に言語化できるものではないが、それでも漏れてしまった言葉はリアルなブルースとなる。インタヴュー中の引用を拝借すれば、空が青ければ青いほど哀しいことは確かにあるし、その青空を直視し続けているのが、本作の歌に登場する主人公である。そして、ひいては1031という人なのだろう。
そうしたブルーが集約されているのが今作のタイトルに準じる“つまさき(ザ・ポータブル・ターミナス)”であり、そのブルーを一旦引き受けたうえで、どうにか先へ向かおうとする決意の端的な表れが、その〈空白の一節〉を含む楽曲のような気がする。丁寧に聴けばどの曲かすぐにわかるし、できれば聴き手に見つけてもらいたいのであえて曲名は出さないが、その肝心な宣言を開陳できないところに1031の美学と、カリスマ性とは対極にある人間味(失礼)が感じられる。けれどだからこそ、私たちはそこに込められた想いを信用することができる。生々しく曝け出すかどうかは人それぞれだが、ロックンロールはそもそもがむしゃらで泥臭くて滑稽なもので、その度合いが強まれば強まるほど、なんだか愛おしい。かつ、それって私たちが積み重ねていく日常にも通じるものだと思う。
だから私はロックンロールが好きだ。そして、the HANGOVERSのこのアルバムが好きだ。永遠に輝き続ける青春の光と影がここにはあって、私は恐らく、自分自身が憧れてやまないものを、この作品のなかに見ている。